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波紋 ②

 くぐり戸を抜けると、最初に光が目に入ってきた。横手から午前の明るい光が差してきて眩しかった。


 二の郭から川向うの暁津島がよく見える。晴れ渡った青空が広がり、遠くには春霞がかかっている。


 春の心地よい風が吹いてくる。その風に乗って聞こえてくるのは、川向うに集まった兵士達のざわめきだ。


 常磐は目を見張った。国境となる川向うを兵士達が埋め尽くしている。


「驚きましたか? 昨日から増えてきて、今朝はあんな人数になりました」


 常磐に続いて出てきた門脇が教えてくれる。


 あまりのことに常磐は言葉を失っていた。これだけの数の兵士達が自分のために集まってくれたのかと、胸が熱くなる。


 高延が言ったのはこのことだった。常磐のためにこれだけの人数が動いてくれた、確かにこれは常磐を押し上げてくれる大きな力だ。


 思わず常磐は後ろを振り返った。


 高延に伝えたかった。あなたの言ったことは本当だった、と。


 でも振り返った先にはかたく閉ざされた大きな門がそびえる。小さなくぐり戸が音を立てて閉められ、錠のかかる音がした。


「それでは行きましょう。橋までお送りします」


 無表情に谷尾が声をかけてきた。常磐はとなりに並ぶ。


「昨日、向こうの城に人が多いと言っていたのはこれだったんですね」


「そのようです」


 二の郭の端まで行くと高台になった場所がある。門脇はそこで足を止める。


「皆に手を振ってください」


 そう言いながら門脇は自分で刀を掲げて、川向こうに大きく振った。


 途端にさざ波のように歓声が響いてくる。


 大手道に出るまではいくつかの郭を通っていくが、道沿いにいる八雲の兵士達は遠巻きに常磐達を見ている。


 最後の郭を出て、大手道を歩き出してから城を振り返ってみる。


 物見櫓の上に高延の姿が見えた。三日前、あの櫓から女官達を見送った常磐のように、川を渡りきるまで見ているつもりだろうか。


「私が送った女官達はどうしましたか?」


 常磐は門脇のとなりに並ぶと聞いた。


「三人は姫様の指示どおり、実家に帰しました。二人は城に留め置いています」


「どうして?」


「一人は姫様が心配なので帰らないと。一人は、咲耶様が最初から姫様を身代わりにするつもりだったことを証言していますから、帰すわけにはいきません。王妃様と咲耶様のしたことは、反逆罪に問われても仕方のないことだ。大事な証言者になります」


「あまりことを荒立てるのは」


「わかっていますが、このまま捨て置くわけにもいきません。本人の身の安全のためにも、まだ郷里に帰すのは早すぎます。無理に拘束しているわけではありません。二人とも常磐様に会いたいと待っていますよ」


「その二人というのは」


「年若い娘と一番年長の娘です。年長のほうが、咲耶様からの企みを知っていました」


「そうですか」


 それで納得した。咲耶と八雲の城に入った時、年長の女官は清井とともに廊下にいた。清井が外から咲耶を連れ出すまで、常磐達を見張り足止めする役割を負っていたのだろう。


「咲耶は?」


「こちらには寄っていません。王都かおそらく王妃様の領地に行かれたのでしょう」


 今となっては王妃や咲耶の企みはどうでもいい。とりあえず女官達が無事ならそれでよかったと思う。


「門脇は西の海から来ているというムクリの話を知っているのですか?」


「……知っています。姫様は」


「高延王から聞きました。八雲側は私達に同盟を望んでいるということも。咲耶が反故にした婚姻や同盟について、父がどうするつもりか、知っていますか?」


 門脇は前を歩く谷尾をちらりと見て、歩調を緩めると距離をとった。


「王からはっきりとご意志をうかがったことはありません。だからこれは私の意見ですが、同盟は組むべきだと思います。高延王から直にムクリのことを聞いたのなら、黒瀬に援軍を送るべきという高延王の話も聞いたのでしょう。私も同感です。しかしそのために常磐様を妻に持っていかれるのは困る」


「なぜですか?」


 理由を言うのに門脇はしばしの間ためらった。一段と声を低くする。


「こんなことは大きな声では言えませんが、王のお加減は相当に悪い。常磐様に女王になっていただく可能性が高い」


「次の王は弟ではないのですか? 父上もそう思っているものと」


「幼すぎます。あのように幼い弟君を王にすれば、後見として王妃様の一族が幅を利かせるのは目に見えています。正直、軍事には疎い一族だ。同盟を組むことにも反対しています」


「ムクリの話が公になっていないのはそのせいですか?」


「ええ。いたずらに民の不安を煽るという理由ですが、自分達が乗り気ではないからですよ。芳原にとっては、王都より西のことは知らない、ということでしょうな」


 王妃の一族である芳原が支配するのは王都より東の地で、もとより西側を蔑むきらいがある。この半年に及ぶ戦についても、芳原は最低限しか関与しようとしなかった。


 こんな踏み込んだ話を門脇とするのは初めてのことだった。


「このようなことは言いたくないが、芳原には暁津島を守る気概はない。自分達がよければそれでいいという者達です。そんな一族が王の後見になってはたまらないと、弟君が幼くして王位につくのをよく思わない者も多いのです。それに」


 そこで一度話すのをやめ、門脇は常磐の反応を確かめるように覗き込んできた。


「それに?」


「暁津島の王位継承は長子と決まっています。私は常磐様こそが王に相応しいと思っています」


 ぞくっとした寒気とともに常磐は身震いした。


 常磐は門脇のことを祖父のように慕っていたし、門脇も常磐を大事にしてくれているのはわかっていた。だがこれまでこのような政の話を面と向かってしたことがない。初めて門脇の本心を聞く。


「私が女王になることを応援してくれる人はたくさんいますか?」


「ええ。もちろんたくさんいます。私がその筆頭です」


 常磐は門脇の腕に触れ、つかの間、目を閉じた。門脇の存在がこんなにも頼もしいと思ったことはこれまでにない。


「ならこれから私がすることに、どうか賛成してください」


 もう山城の出口となる大手門は目の前だ。



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