言葉よりも大切なこと ①
暁津島の兵士達に見送られて八雲側へ戻っていくと、谷尾が門を開けてくれる。
礼を言うも谷尾は肩をすくめるだけで相変わらずの対応だ。しかし門を抜けて八雲側に入ると、周りにいた八雲の兵士はあっけにとられた様子で常磐を見てくる。
山城に目を向けると、向こうから馬で駆けてくる高延の姿が見えた。見る間に近付いてきて、馬から飛び降りると常磐の前に立った。
「あなたには驚かされる」
その声には称賛の響きがこもっていた。
「兵士達になにを話していたのですか?」
「高延様に聞いた話を。ムクリのことや、同盟を結びたいと思っていることを話しました。みんなの賛同を得られましたよ」
「あれだけの人数を前に、勇気がありますね」
「高延様のおかげです」
常磐は微笑んだ。
ついさっき高延と別れた時に胸を占めていた迷いや焦燥が、嘘のように消えていた。今はやるべきことがはっきりとわかる。
「私はなにも」
「いいえ。私の持っているものに、高延様が気づかせてくれました」
「なら、よかった」
「それに高延様、ムクリの脅威を私達にも見せてください」
高延は表情を引き締めた。
「ええ、そうですね。門脇殿にも、ぜひご覧いただきたい」
門脇も神妙にうなずく。
「それでは、私は一足先に戻って準備を指示してきましょう。谷尾、お二人を案内してくれ」
そう谷尾に声をかけると、高延はまた馬に乗って戻っていってしまう。
「なんとも身軽な王ですな。それにしてもお二人、僅かな間にずいぶんと親しくなられたようだ」
「ええ、高延王は正直な方なので信頼できます」
常磐は素直に肯定した。高延への気持ちが理由で同盟に前向きになったとは思われたくないが、高延の人柄について門脇にはよい印象を持ってもらいたかった。
また大手道をのぼっていって主郭につくと、先ほどのくぐり戸ではなく大門を開けてくれる。
なかに入る前に一度、川向うを振り返ってみた。
まだ人だかりがあるものの、少しずつ散り始めている。それを受けて八雲側のこの城も警戒をときつつあるようだ。
ついさっき出てきた広間へと戻る。今回は谷尾も一緒だ。
広間ではすでに高延が待っていた。
「どうぞ、こちらに」
高延は二人を座らせる。
昨日聞いたのと同じ話を、今回は図をまじえて教えてくれる。
普通、自国の地形を他国の者には教えないものだ。高延が暁津島との同盟に本気であることがわかる。
尺度の正確さは不明だが、図で見ると、常磐達がいる山城から西の海まではそんなに遠く思えない。暁津島の王都に行くよりは近い。
しかし往復五日ほどの行程だという。
「西の海へは山道になりますから、平地を行くようにはいきません」
暁津島は平地の多い国だが、八雲は山がちな国なので、図で見る行程より時間がかかるのだそうだ。
「お二人とも、暁津島王へは早く状況を報告したいでしょう。まだ日が高い。今から出発しませんか」
高延の機動力は高い。常磐と門脇には否やはない。
では、と立ち上がると、「その前に着替えを」と言われた。
「なるべく早く往復したい。こちらは私と谷尾の二人で行きます。お二人にはこの国の服を着ていただきたい。無用な災難を招かぬためです」
それについて門脇は難色を示した。八雲の服を着るのは従属のようで抵抗があるというのだ。
武官である門脇のその気持ちはわからなくもないが、大事の前の小事に思える。
「ここは高延王の言うとおりに」
常磐が言い添えると門脇も渋々了承する。
門脇は別室に連れて行かれ、常磐はずっと使っていた部屋へ戻った。そこには当然のように式部が待っている。
「また会うことができましたね。さっきは別れのあいさつができなかったから、名残惜しかったのです」
「まあ、常磐様。もったいないお言葉です」
式部はうれしそうにしてくれる。
「では、お召し替えを」
そう言って差し出してきたのは、昨日、常磐が着ていたのとは違う色の王の衣だ。美しい浅葱色で、きれいに丈合わせが終わっている。
「これ、どうしたのですか?」
「昨日、槙野と相談して、もう一着きれいに縫っておいてもらったのです。替えが必要なこともあるかと思いまして」
二人の機転のよさに感心してしまう。手伝ってもらって着替えをする。
「これから西の海まで行かれるのですね」
「はい。ここから往復五日の道のりだとか。式部は行ったことがありますか?」
ふと式部が遠い目になった。
「いえ、ありません」
「そうですか。暁津島の海とは違って、黒い海だそうですね」
暁津島も国の東側が海に面している。干潟が多く浅瀬の続く海だ。だが西の海は暁津島の海と違い、岩場が多い黒い海だと聞く。
「そのように聞いています。私も一度、見てみたいものです」
式部は穏やかに微笑む。
「八雲の国うちでの危険はないと思いますが、西の海まで行かれるなら、常磐様、どうぞ気をつけてください」
ちょうどその時、高延が常磐を呼びにやって来た。
「支度は整いましたか?」
入ってきた高延は新しい衣の常磐を見て「いいですね」と目を細める。
「その色はあなたのほうが似合うみたいだ」
「式部と槙野が見立ててくれたのです」
「さすが、二人の見立ては確かだな」
「高延様の衣を二つもとってしまいました」
「いいんですよ、そんなこと」
高延は笑ってうなずき、そして式部にも目を向けた。
「西の海に行ってくるけど、式部からなにかあるかな」
「いいえ、なにも。お二人とも、どうぞお気をつけて」
そうして、式部に見送られて常磐は西の海へ向けて出発した。




