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満ちる ①

 山城を自由に歩いていいと高延が言ってくれたので、常磐はまわりの兵士からの好奇な視線などものともせずに隈なく歩いて回った。


 谷尾(たにお)という高延の側近が一緒だ。


 この男は初日に女官達を連れて行ってくれた男でもある。いつも高延と一緒なので、側近中の側近なのだろう。


 常磐について歩きながら、谷尾は最初、不審げな目を向けてきた。山城を歩き回るのは偵察のためだと思ったのかもしれない。


 しかし常磐はこの城の軍備について興味があるわけではなかった。この城で兵達がどのように過ごしているのか、知りたかっただけだ。


 歩き回るうち、段々と谷尾も常磐がただの興味本位と理解して、警戒する気が失せたようだ。


 この城について聞くと、谷尾は不本意そうな顔をしつつも丁寧に答えてくれる。


「どうしてそんなにこの城のことを知りたいのですか?」


 谷尾が逆に聞いてきた。


「ただの興味です」


「姫君が、戦のための城のどの辺に興味が持てるのですか?」


「知っておきたいだけです。ずっと戦地を慰問してきましたが、いつも本郭ばかりで、前線や兵達の生活の場所には近づかせてもらえなかったので」


「そうでしょうね。高貴な姫の来るところではない」


「暁津島でもそう言われました。でも慰問するなら、みんながここでどんな生活をしているのか知っておきたいと思っていたんです」


「ここはあなたの国の城とは違いますよ」


「そうですけど、戦のための城なんて、八雲でも暁津島でもそんなに変わらないのではないですか?」


 この半年ほど、常磐は動けない父王に代わって国境に行き、兵達を鼓舞して回った。なんとか国境を守ろうと必死だった。


 でもそうやって一時兵達を励ませたとしても、日常のなかで彼らにどんな苦労、どんな苦しさがあるかを知らない。常磐は彼らのことも城のことももっと知りたかった。


 山城の端の郭に来た時だ。山の下にいくつかの屋敷があるのが見えた。暁津島からは見えない山の向こう側だ。


「あ、やっぱり、山の下にも屋敷があるのですね」


 この山城は住むための館も備えた居城だが、やはり山裾にも居館があるのだ。


「山城のなかは場所が限られますからね。もちろん下にも屋敷はありますよ」


 なぜか憮然としつつ、谷尾が教えてくれる。


 一通り見て回って、最後に先日の物見櫓に着いた。登りたいと言うと谷尾は反対せず、櫓の上の兵士をおろして一緒に登ってくれた。


「下で待っていてくれていいのですが」


 と言うと、


「常磐様と一緒になる兵がかわいそうなのですよ」


 谷尾はもう常磐に遠慮がない。


 おろした兵の代わりに谷尾は周りを見ている。その横で常磐は外の風を思い切り吸い込む。


 朝に窓の外から感じた春の匂いは、物見櫓ではさらにはっきり常磐を包む。


 あたりを見回すと、西側の八雲の領地の奥には田畑が見える。その田に光のきらめきが見えた。


「水が。田にもう水を張っていますね」


 少し早い気がするが、八雲の田にはもう水が張られて、田植えの準備が進んでいる。去年のことがあるからだろうか。



 半年に及ぶ暁津島と八雲の争い、発端は田へ入れる水だった。


 ここよりももっと上流の国境で、互いに同じ川から水をとっている場所がある。この山城に入る前に、常磐がいた里だ。


 昨年は雨のあまり降らない年で、川に流れる水はいつもより少なかった。そんななか、上流に位置する暁津島の里ではいつもどおりに水をとった。


 しかし、下流に位置する八雲側の里では満足に水が満たせないことがあったようだ。八雲から暁津島が水をとりすぎると談判を受けた。


 ただでさえも水が不足しがちな夏の盛りのことだった。


 その時は時間によって取水の取り決めをして、暁津島も取水に気を遣うようにしたことでなんとか収めた。


 しかし実が膨らむ大切な時期に水が足りなかった八雲の田では、稲の育ちがよくなかった。


 すかすかの稲に、八雲の里の怒りが爆発したのは秋のことだ。


 武装した集団が暁津島の作物を略奪した。一度目は小さな襲撃で終わったが、暴徒化した八雲側が二度目の侵入。一度目は我慢をした暁津島もこれには反撃せざるを得ない。


 そこから争いは盗った、盗られた、の応酬となり、さらに各地にまで飛び火した。


 散発的に武力衝突が起こる。そして略奪行為や放火が横行する。それらを防ぐため、国境の守りに人員を割くことになる。


 いつ大きな戦が起きてもおかしくない緊張状態が続き、常磐は頻繁に国境を慰問して回るようになったのだ。


 そうこうするうち、八雲が暁津島への侵攻の姿勢を見せ、ついには街道沿いの山城を落とされる事態にまでなった。


 すべての発端は、田へ入れる水だった。



 今、水を湛えた八雲の田が、日の光を受けて輝いている。今年はもうあんな争いにしたくない。


 それに八雲との和平はもちろん、ムクリをどうするのか、暁津島の対応をはっきりさせるべきだろう。


 どうすればいいのか常磐にはまだわからないが、少なくとも、このまま芳原達、東側の有力者に任せるわけにはいかない。


「谷尾さん、聞いてもいいですか?」


 改まって問うと、谷尾は警戒した感じで返事をする。


「なんでしょう?」


「高延王は、あなた方にとってどんな王ですか?」


「どんなって?」


「先王とはなにが違うのでしょうか?」


 どのように聞けば谷尾が見る素顔の高延を知ることができるのか、質問の仕方に迷う。


「なにもかも、違いますよ」


 谷尾は嘲りを含んだ笑みを見せる。


「先王は高延様から王の地位を盗んだ。だから高延様が先王に退位を促した時も、異を唱える臣下はほとんどいませんでした。領民からの支持だって厚い。高延様こそが八雲の王だ」


 なるほど、谷尾の高延への忠誠は厚いようだ。


「高延王は八雲にとっていい王ということですね」


「もちろんですよ」


 ただ常磐が聞きたいのは、高延の人柄についてだ。でも谷尾からは高延への賛辞しか聞けなさそうだ。


 常磐は暁津島へと目を向けた。


 遠く川の向こうに暁津島の山城が見える。そして見ることはできないが、城の向こうのはるか彼方に王都がある。


 一昨日書かれた高延の書状は、もう王都にいる父のもとに届いているだろう。返事はすぐに書かれただろうか。


 父からの返事が早く知りたい、そこになんと書いてあるのか。



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