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対等な関係 ②

「同盟、ですか……」


 八雲が暁津島に求めているのは同盟、なら和平よりもさらに踏み込んだ関係だ。


「正直なところ、同盟の一番の目的は戦列に加わってもらうことより、あなた方に背後からやられないためです。しかしあなたの国では、私達との同盟は自ら戦に巻き込まれにいくようなものだと思っているかもしれませんね。あなたもそう思いますか?」


 意見を求められたが、常磐は即答できない。


「すみません、よくわかりません」


 まだ話を飲み込むだけで精一杯だ。素直に答えると、高延は侮る様子も見せずうなずいた。


「急にこんな話を聞けば驚きますよね。ただ、あなたの国でムクリの脅威を私達西側の国の問題だと思っているとしたら、それは間違いです」


 これは海沿いの国である黒瀬がどうの、八雲がどうのという話ではないのだと高延は言う。


「あなたの国は、黒瀬や私達が負けそうになってから対応すればいいと思っているかもしれません。我が従兄が、黒瀬にムクリを対応させて相手の戦力を見ようとしたように」


 我が従兄とはつまり、八雲の先王のことだ。


「だが大陸から海を渡ってやってくる侵略者は、海際で防がなければ。海際で対応するからこそ、相手は物資面でも兵力でも枷を負うのです。黒瀬をとられこの地に拠点を作られたら、もう遅い。拠点を作ってしまえば彼らはさらに拡大してくる。そうなれば取り返しのつかないことになります」


 高延の話に寒気がしてくる。


「あなたの国は平地が多く豊かな土地だ。しかし平地であるがゆえに、他国からは攻め入られやすい。幸い、我が国以外にまわりに大きな国がないから、あなた方は成り立っています」


 暁津島を侮るような言い方だが、間違っていない。


「我が国は山がちな土地だ。田の実りには乏しいが、山が天然の要塞になっています。特に黒瀬との国境には急峻な山がある。ムクリも容易には攻め入れない。しかし、拠点があればムクリは腰を据えて我が国と対峙できます。大陸からどんどん兵士を送り込んでくるでしょう」


 そこで一度間をとった高延は、常磐に聞いてきた。


「もしもこの八雲がムクリに敗れれば、暁津島はどうなると思いますか?」


 それは常磐を困らせようとして聞いているのではなく、高延からの真剣な問いかけに思えた。


 常磐の頭に浮かんだのは、最悪の状況だ。


 一月前に八雲に防衛線を崩され、侵攻されかけていた暁津島。


 八雲からの侵攻ですら防ぎきれない暁津島が、八雲の敵わない敵に対抗できるとは思えない。


「私達と繰り返している小競り合いとは比べ物にならない戦となるでしょうね。相手は我々を従属させ、領土を奪うつもりでくる。暁津島はものの数日で陥落するでしょう」


 高延の言うとおりだと思った。


「つまり、今は身内同士の小競り合いはやめて、協力し合う時だということです。そのために強固な同盟を組むことは急務なのです」


「この話、父は」


「もちろん父君にお話ししています。一応、父君には危機感を共有していただいていると思いますよ。同盟を組むことには前向きだったのですから。しかし」


 高延は暗い顔をした。


「この話が暁津島で広く話題となっていないということは、同盟に前向きではない者達が多いということでしょう。私達と手を組むことを警戒しているのか、それとも、私達が潰れれば、漁夫の利を得られるかもしれないと、軽く考えているかもしれませんね」


 常磐の頭に王妃の兄弟である義理の伯父達の顔が浮かんだ。


 王妃達の一族が支配する領地は暁津島の王都からさらに東側。これまでも八雲との争いについて消極的だった。


 西側からの脅威に対して危機感が薄くなりがちな上、なにをするにも自分達の一族の利益を優先する人達だ。


 実際、西側で八雲と戦っているというのに、王都の東側の者達はどこ吹く風だった。


「しかし、もしも私達が負けるとしたら、それは明日のあなた方の姿だ。暁津島だけでムクリに対抗できるとは到底思えない」


 暁津島の戦力を侮られても常磐は反論できない。

 

「その目で見ているわけでもない脅威に危機感がわかないのは理解できなくもない。あなたはせっかくこの国にいるのだから、近い内にその脅威をお目にかけたいですね。直に見ればことの重大さがわかるはずだ」


 話の大きさに常磐はなんと言っていいか、言葉が出てこない。遠く西の海原に思いを馳せても、西の海を見たこともない常磐には想像ができない。


 そしてふと気がついた。


「あなたが先王を廃して自分が王になったのは、このためですか?」


 高延はあいまいに笑みを浮かべただけで答えない。


「常磐、あなたは?」


「え?」


「あなたも和平を重視している。大嫌いな私に歩み寄ってまで和平の意志を確認するくらいですから。それはどうしてですか」


 常磐は少し考えてから慎重に話した。


「私は、あなたの国との無益な争いをやめたいのです。争いの芽を私達が先に作ってしまったのは申し訳なく思っています。でもそのあとは、やり返されて、またやり返すの繰り返し。いつまで経っても国境付近での小競り合いが絶えないせいで民を兵にさかなければいけない。民は疲弊する一方です。こんなことはもう終わりにしたい」


 でも常磐が考えていたのは、目先の八雲との戦いを終わらせたいということだけ。高延が見ているのは両国の小競り合いではなく、もっと遠くのことだった。


 急に考えなければいけない範囲が広がって、常磐は自分がなにをするべきかわからなくなってくる。


「この話を、最初の日にしてくださればよかったのに」


 思わず言ってしまった。


 でも最初の日にこの話を聞いていたとして、高延の手をとる判断ができただろうか。今だってまだ、自分がなにをするべきか、わからないではないか。


 しかし高延は真摯な様子でうなずいた。


「本当にそうですね」


 すぐそばに高延が立った。


「あなたに最初からすべてを話せばよかった」


 意外にも高延の声には後悔がにじんでいた。


「おれはあなたに、信じてほしいと言った。おれは先王のように暁津島を侵略したいとは思わないし、対等に同盟を結びたいと思っている。だから、あなたにはおれの手をとる理由がある」


 高延の手が伸びてきた。


「でもあなたに信じろと言いながら、おれ自身はあなたのことを信じきれていなかったみたいです」


 常磐の頬に触れかけて、高延はその寸前で手を止めた。


「おれはどうしてもあなたを手に入れたかった。無理やり暁津島を従属させても仕方ないと思っていたのに、あなたには無理強いをしてしまった。虫が良すぎるのはわかっていますが、どうか許してほしい」


 これまでずっと自信に満ちた態度を崩さなかった高延が、今は悔恨を浮かべて常磐に許しを乞うている。初めて見せる顔だ。


 常磐はなんと返せばいいか困った。


 高延のしたことを許すわけではないが、あの時、常磐が考えていたのは拒絶することだけで、前向きに高延の言葉を聞こうとは思っていなかった。


 常磐に触れないまま、高延は伸ばした手をおろした。


「今日、なにかしたいことはありますか?」


 穏やかに聞いた。


「このあと私はまだ仕事がある。あなたはなにかしたいことがありますか。部屋に閉じこもっているのはお嫌いなようだ」


 さっきまでの張りつめた空気が消えて、高延は軽い雰囲気に戻った。


「この山城を見て回ってもよいなら、歩きたいです」


「いいですよ。さすがに一人というわけにはいきませんが、供をつけてもよければ、どうぞご自由に」


 ここは戦のための山城なのだから、常磐を一人で自由にさせるわけにはいかないのは当たり前だ。


「もちろんです」と常磐は承知する。


 そのまま人を呼ぶのかと思ったら、高延はつかの間、常磐を眺めてくる。


「刀がないとその格好は様になりませんね」


「どうぞ」と高延は自分の差している刀の小刀のほうを渡してくれる。


「……ありがとうございます」


 受け取って腰に差していると、


「今夜、あなたのところに行ってもいいですか?」


 不意打ちのように聞かれた。


 常磐は答えにつまる。


 今までなら即答で拒否したはずだ。でもそれができなくなった。さっきの話で高延への印象が決定的に変わってしまった。


 それでもまだ、父王の了承もなく高延を夫と認めるわけにはいかないと思う。自分一人で決断することへの忌避感が拭えない。


「ここでの決定権は、あなたにあるのでしょう?」


 高延をはっきり拒絶する理由を失ってしまって、かといって受け入れるだけの決断もできず、常磐はばつが悪く思いながら、答えを濁した。こちらを見てくる高延の視線を感じるが、目が合わせられない。


 高延は声に笑いをにじませて、「では夜に」と言う。


 それから高延は自分で廊下に出て行くと側近を呼んだ。やってきた側近に、


「常磐姫に城を見せてやれ」


 と指示している。


「いいのですか?」


「いい、常磐姫を信用している」


 そんな会話が聞こえてくる。それらを横で聞きながら、常磐はずっと高延の顔がまともに見られなかった。



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