対等な関係 ①
「あとは一人でいいです、どうぞ部屋に戻ってください。高延様と話をするだけですから」
広間の手前まで案内をしてもらうと、常磐は先に式部を帰した。
式部は常磐を一人で置いていくのを心配そうにしたが、本来侍女は奥向きのことをするものだ。高延への取次ぎを頼めば式部ならやってくれるだろうが、それは彼女の仕事ではない。
広間に近付いていくと、ちょうど誰かが出てくるところだった。
この城のなかでは珍しく、兵装ではない若い男だ。近隣の農民のようだ。
すれ違いざま、常磐に気付き驚いた顔をする。常磐と、常磐の着る服とをしげしげと見てから、深々と頭を下げた。
無遠慮な視線だったのに、お辞儀はあまりにも丁寧だったので、常磐は戸惑ってしまう。王の衣の力はすごいと改めて思う。
ここに来るまでの廊下でもそうだった。
すれ違う兵士達は常磐の格好を見て驚き、なかには軽く礼をしてくる者もいた。しかしあんなに深く礼をされたのは初めてだ。
入り口までくると両端には警護の兵士が控えていた。常磐に気づいてなにか言いかけるが、やはり着ている服を見てどうしたらいいかと迷う表情をした。
常磐は案内を請うこともなく広間の入り口に立った。
そこから広間のなかが見渡せる。なかには四人、中央に高延が、両隣に側近達がいて、なにか話している。
高延はすぐに気づき、わずかな間、常磐を眩しそうに見た。
続いて側近達が常磐に気付く。下がるよう告げられたのか、彼らは立ち上がると常磐のほうへ歩いてきた。
脇に寄ってよけると、横を通り過ぎる時、側近達はそれぞれが立ち止まって常磐に礼をしていく。
兵達といい、側近達といい、高延の衣は効果てきめんだ。
虎の威を借る狐でもいい、この城のなかで人質のような気分で小さくなって過ごすのはいやだった。
側近達が出ていき、常磐は部屋の奥へと歩いていく。高延は立ち上がって常磐を迎えた。数歩、自分から近づいてくる。
「きらきらしい若武者が来たかと思えば、我が妻でしたか」
またもぬけぬけと言う。
「私はまだあなたを夫とは認めていません。軽々しい言葉はやめてください」
状況はどうあれ、自分から弱気な姿勢を見せてはならないと思うので、常磐は強気に返した。
「私の服を着ているのに? 妻でなければ、到底許しはしない」
にこやかな雰囲気は崩さないが、ちらりと威圧感が垣間見える。常磐は負けないように顔を上げた。
「これは、あなたが私の服をどこかにやってしまったから着ているだけです。私の服を返してくださればすぐに脱ぎますよ」
「なるほど。それで、どのようなご用でしょうか? 私に会いたくて夜まで待てませんでしたか?」
高延の手が伸びてきて、肩に垂れた髪に触れてくる。自分のほうに引き寄せて髪に口づける。常磐はそれを払いのける。
「そういうのは、どうぞよその姫になさってください。私はあなたと国の代表として、話がしたいのです」
そう言った途端、高延から笑顔が引いて王の顔になる。
「国の代表として。そうですね。望むところです」
高延の目つきが鋭くなって、常磐は内心、竦みそうになるけど、怯むなと自分を叱咤する。この威圧感に屈してはならない。
「なにについて、話したいのですか?」
「まだあなたに和平の意志はあるのかどうか、教えてください」
「ありますよ。何度もそう言っています」
「でもあなたはやろうと思えば、私を人質により強い立場で交渉することができる。暁津島に従属を望もうと思えばできる。もちろん、父がその条件をのむとは思えませんが」
「私の和平の意志は変わりませんよ。対等な、和平だ」
高延は「対等」を強調した。
「それに私は最初からずっとあなたを妻に、と言っている。あなたが妻になってくれるなら正妃として迎えると申し入れていますよ。あなたにもそう言ったはずだ」
一歩、高延が近付いてくる。
「これまでは相手が咲耶姫だったから、申し訳ないがそこまではしなかった。あなただからこそ、言っているのです。その思いは今も変わりませんよ」
高延が熱を込めて伝えてくるので、常磐は気恥ずかしくなる。
「なぜですか? なぜそこまで私にこだわるのかよくわかりません」
つめられた分だけ、常磐は一歩下がる。
「あなたは自分の価値がわかっていない」
高延はこともなく言う。だが常磐にはわからない。自分の価値とは一体なにか。
「昨日も、そう言っていましたね。私が長子だからですか?」
やはり高延は暁津島の長子継承を知っているのだろうか。
しかし高延は「ちょうし?」と怪訝そうにする。それから、
「ああ、長子ですね。あなたが長子で第一王女だから欲しがるのか、と言っているのですか?」
はははは、と長めに笑われた。
「違いますよ」
「だったらなぜ?」
「あなたとなら、両国の関係を深めて、強固なものにできると思うからですよ」
だからなぜ「常磐となら」と思うのか、その根拠を知りたいのに、高延はそれ以上答えず別のことを言った。
「私はあなた方に従属など望んでいない。対等な関係を望んでいます。先日までの戦いで、私達は力で押し切ろうと思えばできた。でもそうしなかった。なぜかわかりますか?」
問われたところで、高延がなにを考えているのかなんて、わかるはずもない。
「力で押さえつけても反発を生むだけです。身の内に敵を抱え込むだけだ。それでは困るのです」
「どういうことですか? 話が見えません」
「私達には共通の敵がいる。ムクリが西の海から侵攻してきているのです」
「ムクリ?」
聞いたこともない名だった。西の海からということは、まさか大陸の異民族だろうか。
「やはりなにも知らないのですね。まあ、そうだろうと思いました。父君には私から何度も警告をしているのですが」
高延はため息交じりに言う。
そもそも軍事的な事柄について、常磐はなにも知らない。
「私は軍議に入れてもらえません」
「ではいつも軍議をするのは誰ですか?」
軍議に参加しているのは父王と門脇達一部の武官、文官と、王妃の一族である芳原だ。
それを聞くと「なるほど」と高延の目に影が差す。
「なら最初から説明します。一月ほど前です。西の海にムクリの軍勢が現れました。ムクリというのは」
「海の向こうの異民族ですか?」
「そうです。私とあなたの国は長らく小競り合っているが、元は同じ国だ。同じ言葉を話し、同じ文化を持つ。違う国名を名乗っていても外から見れば身内同士だ。しかし彼らは違う。西の大陸の異民族です。この数年で西の大陸のかなりの範囲を支配して今も拡大しています」
「そのムクリが、西の海を渡って来ているのですか?」
「ええ。大陸から西の海を渡ってくると聞けば、あなたの国まで脅威が及ぶのはまだ先だと思うかもしれませんね。その前に海沿いの黒瀬と、この八雲が潰されるわけですから。実際、今はまだ黒瀬が戦って、侵入を食い止めています」
そこで高延は一度言葉を切った。
「常磐」
初めて名前を敬称もなしに呼ばれて、常磐はぎくりとする。
「一つ、訂正します」
高延が常磐を見つめてくる。
「私が暁津島に求めているのは和平ではありません」
「……それは」
「私が求めているのは、同盟です。同盟を組んで、私達とともにムクリと戦ってほしいと求めています。そのための強固な絆として、あなたとの婚姻を申し入れていたのです」




