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不服従の証 ②

 部屋に近づいてくる足音は式部一人ではない、複数だ。


 常磐は部屋の中央に立った。もし高延も一緒なのだとしたら、一歩も引かないつもりで気合いを入れる。


「入りますよ」


 やはり高延も一緒だ。一言、声がして戸が開いた。


 高延は部屋に入ろうとして、部屋の真ん中に立つ常磐と目が合い、立ち止まった。常磐は先ほど式部が出て行った時のまま、薄物一枚だった。


「常磐様、そのような格好で」


 式部が高延の後ろで驚いた声を上げる。横をすり抜けて入ってきて、常磐の足元に落ちた女物の上衣を肩にかけてくる。


 高延は後ろを振り返る。


「おれが持つから、お前は戻っていい」


 そうしてなにやらごそごそとした後、両手に服を抱えて入ってくる。高延のあとに見たことのない侍女がもう一人続いた。


 新しい侍女は常磐を見て「槙野(まきの)でございます」と名乗った。


「どこに置けばいい?」


 服を抱えた高延に聞かれたので部屋の一角を指し示すと、式部と槙野が一緒になって服を並べてくれる。


「体調はよくなったようですね」


 二人の作業を見守りながら、高延が聞いてくる。


「はい。お陰様で」


 半分嫌みのつもりで、常磐は愛想よく答えた。


「ずいぶんたくさん持ってきてくれたのですね」


「あるだけ持ってきましたよ。どうぞ、お好きなものを何枚でも。と言っても、ここは私の居城ではないから、あるのは数着だ」


「一着でいいのです」


 普通に会話を交わしながら、常磐は高延があまりにも平然としているので内心は驚いていた。


 まさかこんな簡単に王の衣を着ることを許すとは思わなかった。


 それに暁津島では最初に兵装をした時は、多くの者から止められ、そして好奇な目で見られたものだ。


 だが高延には常磐を止めようという気がまるでない。自分が妻としようとしている女が、自分の服を着て男のようななりをしても気にならないようだ。


「常磐様、並べました」


 部屋の片隅に上質な高延の服が整然と並んでいる。


「高延王のお気に入りの一着はどれですか?」


 常磐は式部に耳打ちする。また困った顔になる式部だが、「そこの青藍色です」と示した。


「では、これをいただきます」


 そう伝えると、高延はすんなりうなずいた。


「丈を直すのに、針の得意な者を連れてきましたから」


 槙野を示す。彼女は丈直しのために連れてこられたらしい。なんとも気が利いている。


「槙野、余った服は戻しておいてくれ。それでは、常磐姫。私はこれで」


 しかも常磐が服を選んだのを見届けると、高延はすぐに部屋を出て行く。


 王の衣をよこせと言われて憮然とした高延の顔が見られるかと思ったが、なんだか拍子抜けするくらいあっけない。


 しかしそれは常磐にはありがたいことだ。


 衣をめぐって高延がどう対応するか楽しみではあったが、目的は喧嘩を売ることではなく、衣をもらうことだ。


「それでは姫様、丈を合わせましょう」


 槙野が青藍の衣を持って促してくる。


 常磐は袖を通そうとして、ふと、大丈夫かなと思う。


 衣を着ようと思った瞬間、ふわっと漂ってきたのは、かすかな高延の匂い。途端に一昨日の夜が肌によみがえってくる。


 本当にこの服を着ることができるだろうか、と思うけど、息を止めて衣を羽織る。やり始めたのだから、最後までやり通したい。


 槙野は丈を合わせながら素早く仮止めをしていく。もちろんすべての作業が終わるまで息を止めていられるはずもない。


 そっと息をついてみるが、もう高延の気配は感じない。感じたのは最初だけだった。それに思いのほか嫌悪感もわかない。


「姫様、一度脱いでいただいて大丈夫ですよ」


 仮止めしたまち針を外さないように慎重に脱いだ。


 衣を渡すと槙野はさっそく縫い始めてくれる。


「簡単でいいですから。すぐに着たいの」


 槙野は常磐の意図を汲んで、丁寧さより早さを優先して丈をつめていってくれる。針が得意と連れてこられただけあって早い。


 常磐はなんだか不思議な気持ちになった。


 先ほども思ったことだが、暁津島では常磐が兵装するまでに幾度となく止められた。常磐としては必要だと思うからこそしていることなのに、関わる者にいちいち説明をしなければ物事が進まず煩わしかった。


 それに比べると、式部は最初こそ戸惑いを見せたものの、常磐がこうして欲しいと言えば、すぐにやってくれる。槙野もそうだ。


 そのことを式部に問うと、「高延様の影響です」と笑う。


 高延は基本的になにごとも受け入れる人だという。


「それに合理性を重んじる方です」


 なにごとも受け入れる人なら常磐の拒絶も受け入れてほしいと思うが、高延からすれば、この期に及んでもまだ抵抗する常磐を、わからない女だと思っているのかもしれない。


 常磐だって基本的にはなにごとも受け入れてきた。今だって父王から高延を夫とせよと言われるのであれば、拒否するつもりはない。


 それが常磐の役割ならば受け入れる。だけど父の意志を聞くまではだめだ。



 それから、衣を縫っている間に食事を、と式部に促されて朝食をとった。


 槙野の手は早く、常磐が食べ終わる頃にはよい感じに仕上げてくれる。


「ありがとう、ぴったりです」


 仕上がった衣を着てみると、綺麗に丈が合っている。余分な生地をたくし込んでいるのでこれまでの服より重いが、女物より動きやすい。


 常磐は最初の日のように髪をきっちりと一つ結びに結んだ。痛いくらいにきつく髪を結ぶと自然と背筋が伸びてくる。


 高延とのあの夜からずっと、自分が自分でないような感覚にとらわれていたが、やっと自分が戻ってきた気がした。


「今日、高延様はどちらにおられるでしょうか?」


 式部と槙野が顔を見合わせる。


「この時間は、表の広間におられるかと」


「一昨日の広間ですね。わかりました。連れていってもらえますか?」


 また二人は顔を見合わせるが、常磐がこの格好をした時点でそう言いだすだろうと予想はしていたようだ。


「では、案内します」


 式部が先に立って戸を開けた。



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