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不服従の証 ①

 翌朝、常磐は目覚めると、頭がすっきりしていた。


 もうぐずぐずするのはやめようと思った。


 不愉快なことや不安なことはたくさんあるけれど、寝具のなかでうずくまっていても自分の立場が不利になっていくだけだ。


 この城のなかで誰かの助力は期待できない。自分の力で立ち上がらなければ。


 それに昨夜、新しい角度から物事をとらえてみると、いつまでも自分の置かれた状況を拒絶し続けても仕方がないと思えた。


 咲耶の代わりとして高延の妻になる気はないが、八雲と和平を結ぶことは暁津島にとって必要なことだ。


 ここに置き去りにされた以上、常磐自身がきちんと高延と向き合う以外に道はない。そして高延が望んでいることがなんなのか、自分自身でしっかりと見極めるのだ。


 まずは窓を開けて朝の新しい空気を胸いっぱいに吸った。


 ここは山を切り開いて建てた殺風景な山城なのに、それでも風にはかすかに花の匂いがした。常磐が大好きな春の匂いだ。


 今日も晴れ渡ったいい天気だった。暖かな晩春だ。


 田にはそろそろ水を満たす頃だろう。これから農作業に忙しくなる領民のためにも、もう八雲との争いはやめなければならない。


 となりの部屋を覗くと、式部はすでにきちんとした身なりで常磐を待っていた。自分から起きてきた常磐を見て、うれしそうな顔で朝のあいさつをしてくる。


「おはようございます。今朝のお加減はいかがですか?」


「心配をかけました。もう大丈夫です。朝の支度を手伝ってもらえますか?」


 そう頼むと式部は「もちろんです」と立ってきた。


 式部の手を借りながら顔を洗い、髪を梳いてもらう。


 さて服はとなった時、式部は八雲の女物の服を出してくる。だが常磐はそれを断った。


「女物の服は着ません。私がここに来た時、着ていた服を出してください」


 しかし式部は困った顔をした。


「申し訳ありません。それが、常磐様の服がないのです」


 最初の日の夜、常磐が入浴した後に服を畳んでこの部屋に置いておいたはずが、消えてしまったのだという。


 昨日の朝、刀を持っていってしまった高延が思い出される。常磐を帰すつもりのない高延によって、捨てられてしまったのかもしれない。


 それならそれでもいい、と常磐は思う。


「ならお願いがあるのですが。高延王のところに行って、王の衣を一式、もらってきてください。できたら高延王が好んで着る色がいいわ」


「高延様の服ですか」


 式部はさらに困った顔になる。


「私が、それ以外の服は着ないと言っていると伝えてください。あなたを板挟みにさせて申し訳ないのですが、私には必要なことなのです。どうかお願いします」


 そう言い含める。


 ここまで常磐に言われては、さすがに式部は断れないようだ。困った様子を見せつつも、「では行ってまいります」と承諾した。


「それまでこれをお召しください」


 女物の上衣を差し出してくる。


「ありがとう。一人で着られますから」


 常磐は受け取って式部を送り出す。でも上衣は羽織らないまま足元に落とした。


 昨日は湧いてこなかった気力がよみがえっていた。王の衣をよこせという常磐の要求に高延がどんな返事をするのか、楽しみだった。


 王の衣をもらうのは、本来臣下にとっての誉れだ。主従の絆あってこその垢付きの下賜だ。


 だけど常磐が王の衣を着たいというのは、もちろん服従の意味じゃない。


 そもそも臣下にとって王の紋入りの垢付きは日常で着るものではない。大事にしまって、特別な日に許可を得て着るものだ。


 常磐は不服従の証として、王の衣を着るつもりだ。


 別に好き好んで高延の服を着たいわけではない。本当なら自分の服を着たい。でも常磐の服はどこかに持っていかれてしまった。


 この部屋には咲耶のために持ってきた長持が届いている。なかには暁津島の服が入っているが、美しい色の女物を着る気はない。


 兵装するだけなら八雲の兵の服でも構わないが、一兵卒の服では自ら高延の下の立場だと表明しているようで腹立たしい。


 それならば王の衣を着てやろうと思った。


 王の衣には王の紋が入っている。それを常磐が着るのだ。


 紋入りの女物なら妻という立場を受け入れたと捉えるだろうが、常磐が欲しいのは王の衣そのものだ。


 王の衣を着た常磐は、この城の者の目にどんなふうに映るだろうか。


 高延がどう対応するのか楽しみだ。


 この常磐からの要求の対応次第で、高延の度量が透けて見えるというものだ。


 紋のない男物の服を式部に持たせるだろうか。それとも女物の服を着ろと伝えてくるだろうか。


 一昨日からずっと高延にいいように振り回されてきた。今度は常磐が翻弄してやろうと思っていた。高延の余裕ぶった様子を崩してみたい。


 それはなにも子供っぽいいたずら心などではない。態勢を立て直して、高延と対等に話をするためだ。


 常磐は暁津島の第一王女だ。いつまでも弱々しく寝台でうずくまる女ではないと見せる必要がある。その上で、これからの両国の話をしたい。高延の望みを聞きたい。


 だから着る服ごとき、高延がどう否定してきても常磐は突っぱねるつもりだ。絶対に王の衣しか着ない。



 それから、ゆうに三十分は待たされただろうか。


 ただ衣をもらってくるだけなのにずいぶん時間がかかると思う頃、やっと何人かが連れ立ってやってくるざわめきが聞こえてきた。



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