正統な血筋 ①
高延が出て行ったあと、入れ代わるようにして式部がやってきた。となりの部屋に控えていたらしい。
「常磐様」
式部は部屋のなかまで入ってこない。入口のところで立ち止まったまま様子を伺っている。
常磐は体を起こすと「どうぞ」と声をかける。それでやっと近くにやってきた式部は、申し訳なさそうに寝台の脇に膝をついた。
「大丈夫ですか」
気遣わしげな式部に常磐はうなずいてみせる。
「申し訳ありません。高延王は、いつもはあのように強引な方ではないのですが」
式部は高延の横暴を我がことのようにすまながっている。
「普段はあんなふうではないのですか?」
「いつもはもっと思慮深い方です。あのように強引なふるまいは初めて見ました」
「そうですか」
先王を力尽くで廃したのに?
「あなたはもう長く高延王に仕えているのですか?」
「まだ高延様が幼名だった時から」
その返事には驚いた。式部はどことなく誇らしそうだ。
幼名というからには、高延の物心がつかない頃から仕えているのだろう。式部の齢は二十代後半だろうか。十代の初め頃から仕えていることになる。
「ではずいぶん長い付き合いなのですね」
「元々は私の母があの方のお母様に仕えていました。私が侍女に上がった時、高延様はまだ幼かったので、成人なさるまで私が付きました。今はもう、側近の者がお世話しているので、私は屋敷まわりのことを」
隣国ではあるが暁津島と八雲の文化は微妙に異なる。
男の主人でも生活まわりは女官が世話する暁津島と違い、八雲では男には男の側近が世話をする。それでも今もなお屋敷まわりを世話しているという式部は、本当に高延の腹心の侍女ということだ。
「なら今回の婚礼のために、高延王はわざわざあなたをここまで連れてきたのですね」
ここは国境の防御のための山城だ。高延や式部の普段の住居ではない。
「そうです。お声かけをいただけてうれしかったのですが、このようなことになって……」
式部の濁した語尾の先に、戸惑いが感じられた。
言葉には出さないが、花嫁がいなくなってしまったこと、世話する相手が常磐になったこと、普段とは違った高延の様子など、式部にも色々と困惑があるのだろう。
考えてみれば高延の侍女である式部は、約束を反故にして逃げた咲耶を、ひいては常磐を、内心は不愉快に思っているかもしれない。
今回のことは、八雲からしたら自分達の王を馬鹿にされたのも同然で、特に式部と高延の縁の深さなら、常磐を不快に思っていても当然だ。
それでも式部は親身に常磐を世話して、心配までしてくれる。
「ごめんなさい」
式部の立場から考えてみると、見えるものが変わる。なんだか急に咲耶の無礼が申し訳なくなった。
「なにを常磐様が謝るのですか」
「妹が無礼なことばかりして」
だが式部は微笑む。
「私は常磐様にお仕えできてうれしいです」
「……ありがとう」
無理やり関係を強いられたことは常磐には許しがたいことだ。でも高延からすれば咲耶が逃げたことも許しがたいことだ。自分の面子を潰されたのだから。
それでも高延は常磐を妻に迎えたいと改めて乞うた。
昨夜の高延のことを許せないと思うばかりだったが、ほんの少し、視点を変えてみたほうがいいのかもしれない。
そうでなければ、高延といつまでも平行線だ。
どんなに高延を拒絶しようと思っても、どのみち、常磐の立場ではこのままでいられない。
高延の言葉を思い出してみる。
『私とのことを考えてみてほしい。私の手をとった時になにができるかを』
昨日はこうも言った。
『私の妻になることであなたはさらに高く飛べる』
これまで常磐は、高延の言葉を額面どおりに受け取っていなかった。むしろ逆の意味に聞いていた。
常磐を手に入れて力を増すのは高延自身であり、言っていることは自分自身の利益についてなのだと。
そう常磐が思うのは、高延を受け入れる気がなかったから。拒絶することばかり考えていたから。だから高延の言葉はなに一つ常磐に響いていなかった。
だけど本当に高延が常磐の利益について話しているとしたら、どうだろう。
高延の手をとった時に、これまでと違うことができるのだろうか。もっと高く飛べるのだろうか。
拒絶する前に、高延のことをもっと知るべきなのかもしれない。
「あの」
高延と直接話をするのはまだ抵抗があるが、式部とならば。
「高延様が王になった時、なにが起こったのですか? 先王を廃しての交代だったと聞いています」
先王を力尽くで廃したというが、それは本当なのだろうか?
だけど式部は言葉を濁す。
「先王にはこの先を任せられないと、思われたのではないでしょうか。ただ、高延様は政の話を私にはなさいません。直接お尋ねになったほうがよろしいですよ」
式部の立場では、高延の心情を勝手に想像して話すわけにもいかないだろう。
「そうですよね、ごめんなさい。話しづらいことを聞いて」
それにいくら高延付きの侍女だといっても、政変のあれこれについてわかるわけでもない。
だがそのあと、式部はためらいつつもこう言った。
「一つだけ。常磐様はご存知かどうか。先王様を廃したとはいっても、高延様は正統な王の血筋です。高延様は本来の自分の立場を取り戻しただけです」




