横顔 ④
常磐は半身を起こした。
「こんな文まで取り上げなくてもいいでしょう」
視線はそらしたまま抗議した。
高延にまた新たな怒りが湧いてきたが、こっそりと女官に持たせた文なので気まずくもあった。
「これは密書ですから、おさえられても文句は言えない。しかし、怒らないで。これは写しです。本物の文は女官に返しましたよ」
言われて文をよく見ると、確かに自分の字ではない。
「女官を連れていった部下が文の内容を確認した後、私に見せるため同じように書いただけですよ」
では文はちゃんと門脇のところに届いたのだ。よかった、と思ったら力が抜けた。
それから自分が寝間着の薄物一枚であることに気がつき、また高延に背を向けて頭から寝具をかぶった。
「あの時、あなたは一人で父君への書状を書いた。もしかしたら、女官にもなにか預けるかもと思っていました。案の定、これだ」
最初から高延は常磐の動きを読んでいたらしい。
「この門脇というのは、あなたがいつも一緒にいる武官ですね?」
やはり高延は暁津島のことに詳しい。
「きっと門脇殿に助けを求める内容だと思いました。だから、なかを読んだ時は驚きました」
見なくても書いた内容は覚えている。常磐はこう書いた。
『門脇殿へ 私は大丈夫。心配しないで。この女官達は私とともに八雲に置き去りにするためだけに雇われたみたいです。お金を渡して、実家に帰してあげてください』
「なにか暗号が隠されているのかとも思いましたが、これは、このままの意味ですね。せめて女官達は逃がしてやろうと思った、でもあなたを置いてきたとなれば女官達が責められるかもしれないから実家へ帰してやろう、というところですか?」
そのとおりだった。
「馬鹿にしていますか?」
高延の声はゆるく笑っていて、なんだか馬鹿にされている気がする。自分の身がどうなるかもわからない時に、のんきな女だと?
「まさか。馬鹿になどしていませんよ。しかしなぜそこまで女官を目にかけてやるのですか?」
「前にも言いました。彼女達は古くからの女官ではありません。私に果たさなければならないほどの忠義も義理もないのです。こんなことに巻き込んで、申し訳ないと思ったのです」
「だがせっかく文を預けるのです。門脇殿になにか指示を出そうとは思わなかったのですか?」
「そんなことをしてもどうにもならないことくらい、私にもわかります。この城を陥落させようとすれば相当な犠牲が出ます」
そもそも一月前、この地で戦った暁津島は八雲に歯が立たず、自国の山城を落とされているのだ。
その時、常磐は王都に戻っていて戦いを見ていないが、一方的な展開だったと聞いている。だからたとえ常磐を助けたくとも、暁津島がこの城を落とせるはずはない。
「それにここが戦場になれば私だって無事にすむ保証はないですから」
下手に常磐を助け出そうとされるほうが怖い。
「賢明だ。だから私はあなたがほしいと思うのですよ」
硬質な声だった。
「あなたは、どうしてそんなに暁津島のことに詳しいのですか?」
高延の会話を交わしたくないと思っていたが、気になって聞いてしまった。なぜ高延は、常磐と門脇がいつも共にいると知っているのだろうか。
「相手を知ることはなによりも大事なことです」
「暁津島に間者がいるのですか?」
「間者……」
小さく笑われた。
「そんな大したことではないですが、そういうことになるでしょうか」
悪びれもせず高延は肯定する。高延にしてみれば、それは当たり前のことなのだろう。
敵を知ることはなによりも大切だ。
むしろ暁津島のほうがおかしいのだ。暁津島は八雲に対していつまでも宗主国気取りで、ろくに隣国の内情を知ろうとしてこなかった。
「一つ、いいことを教えてあげますよ」
「……なんでしょうか?」
この男の言う「いいこと」なんて、きっと私にとっては悪いことだろうと思う。
「領民をあまり侮らないほうがいい。彼らは統治者をよく見ています。そして私達が思う以上に、執政の内情をよく知っていますよ。私が得ている暁津島の情報は、彼らの噂話に過ぎませんから」
侮ってはいないけどと思いつつ、確かに、国境の山城につめる兵士なら、常磐がいつも門脇と一緒なことを知っている。
そして、芳原公をはじめ、東側に領地を持つ有力者達が、けして西の前線に出てこないことにも気付いている。
父王の力が弱まり、一部の臣下達が好き放題にし始めていることを、領民にも見透かされているのだ。
人の口に戸はたてられない。だから他国にも、内情が伝わってしまう。
自分達の姿を他国の王である高延から指摘されることは、常磐をいたたまれない気持ちにさせた。
無言になってしまった常磐に付き合うように、高延はしばらく黙っていた。
それから静かな声で言った。
「私はあなたを人質にするつもりはない。あなたを自分の所有物のように従わせる気もない。どうか、それだけは信じてほしい」
寝具をかぶったままの常磐の上に、高延の体重が移動してきた。
寝台が軋む。
常磐は思わず身を固くした。昨夜のことが頭をよぎる。またあんな夜が繰り返されるのはいやだ。今は触れられたくない。
しかし高延は、常磐の体に手を触れることはなかった。
「そんなに警戒しないで。体調の悪い人になにもしやしませんよ。今夜はもう退散します」
寝具越しの頭に高延が唇を押し当てる気配がして、それから離れた。
「また明日」
そのまま高延は部屋を出ていった。




