横顔 ③
うつらうつらして、ふと気が付くとあたりは薄暗い。頭を巡らせると、となりにはまだ高延がいる。
式部が用意したのだろうか、寝台の向こうに明かりがともっていて、高延は先ほどと変わらずなにか書状を読んでいる。
集中しているらしく常磐を振り返らない。
静かな横顔だった。
まだ半覚醒の頭がうまく働かない。寝起きのせいで、怒りが鈍っていた。
常磐は、ぼんやりと高延の横顔を見つめた。
昨日からずっと一緒にいたのに、この人の顔を落ち着いて見たことがなかったなと思う。
光に照らされた高延は、思いのほか端正な顔立ちだ。秀でた体を持っていてよく鍛えられているが、武よりも知的な印象が強い。
ここに来る前、高延は武辺張った王だろうと聞いていた。先王を追い落として自らが王になったのだから、武にまさる勇猛な王だろうと。
でも高延は粗暴ではない。
身勝手だし、話は通じないが、高延は自分の思惑のもとに動いている。それに認めたくはないが、やさしいところもある。
昼間、「これっぽっちも私の意志を尊重しない」と怒鳴ったが、実際のところ、昨夜の高延には思いやりがあった。
むしろ、高延がもっといやな奴だったらよかった。
身勝手なだけでなく、思いやりの欠片もないような人だったなら、心の底から憎むことができたのに。
もしも咲耶だったらどうだっただろう、と考えてみる。あのまま滞りなく輿入れして、咲耶が高延と会ったのだとしたら。
咲耶は面食いだった。王女としてあるまじきことだが、父王の屋敷まわりを警護する衛士と恋仲だった。
常磐もその男を見たことがある。衛士なのに刀の似合わない優男で、確かに顔は整っていた。しかし容姿なら高延も負けてはいない。
もし咲耶が逃げ出す前に高延と顔を合わせていたら、気を変えて高延と結婚してもいいと思ったかもしれない。
そうしたら、この寝台にいるのは咲耶だった。そしてそれは、円満な結婚になったはずだ。
こんなことになってしまって悲観的になっていたけれど、ただ妹と自分の立場が入れ替わっただけじゃないか、と思ってみようとする。
常磐が高延を受け入れさえすれば、そんなに悪い結婚ではない、絶望するほどのことではない、と。
でも、いくらこの状況を矮小化しようと試みても、やっぱり常磐の置かれた状況は咲耶の結婚とは違う。
国同士の合意も父王の許しもないまま、無理やり関係を結ばされた。
常磐を一番不安にさせるのは、不自由なこの状況だ。
高延の手の内にとらえられ、なにもできない。この場を支配しているのは高延で、この男の気分次第で自分がどうとでもされてしまう。
だからやっぱり、これは妻ではない、人質だ。
「あなたの国への忠誠心は見事なものだな。覚悟とは、死ぬ覚悟ですか?」
ふいに高延が話しかけてくる。
視線はずっと手元の紙に落としていたのに、常磐が見ていることには気付いていたようだ。
常磐ははっとした。
高延の手元にあるのは、昨日常磐が書いた書状ではないか?
体を起こした。
「まさか私の書状、送っていないのですか?」
怒りで声が強張る。しかし高延はため息と苦笑交じり。
「あなたは本当に自分の価値がわかっていない。このような書状は容認できませんよ」
高延が見せてよこしたのは、やはり昨日書いた常磐の書状だ。
「あなたは、勝手なことばかり……!」
考える間もなく体が動いてしまった。常磐は手元の枕をつかむと力いっぱい投げつける。
しかし高延はこともなく受け止め、ははは、と笑う。
「よかった、元気そうだ」
馬鹿にしているのではなく本当に「安心した」という声の響きで、それがなおさら常磐を苛立たせる。
「大嫌い!」
怒鳴ってみたものの他にできることもなく、常磐は高延に背を向けて寝具をかぶった。
大嫌い。やっぱりこんな男は大嫌いだ。
怒りで体が震えた。
そんな常磐の思いなど知らぬげに、高延の手が伸びてきた。その指が常磐の髪を梳く。常磐はぎゅっと体を縮める。
「こんな書状を書いて、父君があなたを見捨てるとでも? そんな簡単に父君があなたを見捨てるのなら、私はあなたに嫌われるのを覚悟で、昨夜あんなことをする必要もなかった」
どんな顔をして言っているのか、高延の声は静かでもの憂げだった。
「よく考えてみてください。この書状を読んで、誰が一番喜ぶのかを」
高延の言わんとすることがわからない。
「健気な自己犠牲も結構ですが、あなたは自分の価値にもっと目を向けるべきだ。自分を犠牲にする覚悟ができるなら、その前に、私とのことを考えてみてほしい。私の手をとった時になにができるかを」
なにができるか? なにができるというのだろうか。
高延がなにについて話しているのか、なにを言いたいのか、常磐にはわからなかった。
一瞬、聞いてみようかと思ったが、でも聞いたって無駄だという気持ちが勝ってしまった。質問をすることで、高延を受け入れようとしているとほんの少しでも思われたくない。
「それにこれ」
高延は寝具をかぶる常磐のそばに一枚の紙を置いた。しばらく無視していたが、
「見て」
強く言われて、仕方なく寝具の隙間から手を伸ばして紙をとった。
そして常磐はぎくりとする。
それは女官に預けた門脇への文だった。




