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横顔 ②

 昼を過ぎ、午後もいくらか経った頃だ。常磐はまどろみから目覚めた。


 部屋の外が騒がしくなっていた。式部が強い口調でなにか言っているのが聞こえる。きっと高延が来たのだ。


 さすがに昨夜のように、式部をかばうために起きていく気にはなれなかった。できることなら、このまま式部に高延を追い返してもらいたい。


 式部、どうか頑張って、と心のなかで応援してみたものの、今回は高延だけでなく側近も連れてきているようだ。


 怒っている式部の声がするが、なだめるような男の声とともに遠ざかっていってしまう。


「入りますよ」


 そして悪夢のような高延の声。常磐は頭から寝具をかぶっていた。


 こんな態度は分別を備えたはずの大人の女が、しかも国を代表する王女がすることではないと思いながらも、高延に対する嫌悪が止まらない。


「体調がすぐれないと聞きましたが、大丈夫ですか」


 高延は寝台の脇に腰掛けてくる。


 眠っていると思ってくれればいいのにと、常磐は黙っていた。だが高延は構わず話しかけてくる。


「今、なにが一番心配ですか? もうあなたは私の妻だ。だから不安なことはなんでも話してほしい。父君のことですか? それともこれからの両国のことですか?」


 言葉だけ聞いていれば誠実そうだ。だけど常磐は苛々する。


「話してくれれば解決できるはずだ」


 無視しようと思っていたけど無理だった。常磐はかぶっていた寝具をはねのけると起き上がった。


「これっぽっちも私の意志を尊重しないあなたの、一体なにを信じろと言うのですか! 私を不安にさせているのは、今、あなたがこの部屋にいることよ。私の不安をなくしてくれると言うなら出て行って!」


 こんなふうに誰かに向かって遠慮もなく怒鳴ったのは初めてかもしれない。


 高延は驚いたように常磐を見つめてから、


「それは無理だな」


 と、こともなく言う。


「新妻のもとには三日続けて通うのが誠意だ」


 叫び出したいくらいの苛立ちを感じながら、常磐は辛うじて冷静さをつなぎ止める。


「そんな誠意、いりません。私はあなたを夫と認めたわけじゃない」


 言い終えると、すぐまた寝具をかぶって高延に背を向けた。高延を見ているのもいやだし、これ以上言葉を交わしたくもない。


 予想していたことだが、高延は出て行ってくれない。


「あれでも、できる限り、あなたを尊重したつもりですが」


 寝具越しに高延の呟きが聞こえる。


「昨夜はそんなにだめでしたか?」


 かっと体が熱くなってくる。


 怒りと、羞恥と、なんだかよくわからない感情が胸を渦巻く。


 昨夜がだめだったか? 同意もなく夜をともにさせられて、いいはずないと叫びたい。


 だけど確かに高延はやさしかった。あの時、空気にのまれてしまった自分がいたことも否定できない。


 そんな自分を見透かされているようでいやだ。なにより、いちいちこの男に翻弄される自分がいやだ。


 常磐はじっと自分を抑える。


 こんな人とは話をするだけ無駄だ。言葉は通じても、話は通じないのだから。


 昨日、咲耶に言ったことは間違いだったんだ、と寝具にくるまりながら自嘲まじりに思う。


 輿入れする咲耶を励まそうと、高延は理知的な王だろうと言った。半分はそうであってほしいという希望だったが、半分は本当にそう思っていた。


 でも、違った。


 高延は知性的な王なのかもしれないが、話の通じる人ではなかった。


「今日の仕事はもう報告書を読むだけだ、ここですることにします」


 常磐が黙っていると、高延は寝台に上がってくる。


 嘘でしょ、と思うも、どうやら本気のようだ。


 さっきは威勢よく怒鳴った常磐だが、高延が近づいてくると息をつめて身を硬くした。


 怒りで頭が沸騰しそうだが、同時に高延が怖い。


 どれだけ抵抗しても力では敵わないのだと昨夜のことで身に染みている。


 常磐のなかから高延を怒鳴りつけた気力は消え失せてしまった。そばに来られると自然と身が引けてしまう。


 高延はそんな常磐の気持ちを察しているのか、絶妙な距離をとってとなりにいる。相手の存在を感じるけど、体が触れ合わない距離だ。


 さっき飛び起きたからか、また目眩がする。熱が上がってきているようにも感じる。午後の気怠い空気のせいかもしれない。


 出ていってほしいと思いながらも、高延を追い出せる気もしなくて、常磐は体を丸めてじっとしていた。


 高延は報告書を読んでいるようだ。紙の音がかすかに聞こえる。


 同じ寝台のなかに高延がいるからか、一人で寝ていた時よりあたたかい。


 朝、寒気を感じたのは、高延が出ていって寝台が冷えたからなのだ。


 そばにいられるのはいやだと思うのに、それでも高延の体温はあたたかく、常磐は段々とこの状況に慣れてきた。


 乾いた紙の音が眠気を誘う。


 眠りに引き込まれながら、私はどうしてしまったのだろうと常磐は思う。


 さっきからずっと、感情を抑えていられない。子供っぽく寝具をかぶって寝たふりをしてみたり、遠慮もなく高延を怒鳴ったり。


 常磐はずっと暁津島の第一王女として自分を律して生きてきたつもりだ。それなのに、これまでこれが自分だと思っていたものが崩れていく。


 こんなはずじゃなかった。私は間違えてしまった、と思う。


 門脇が咲耶の付き添いを止めた時に、もっと真剣に聞けばよかった。この城に入ることを、甘く考えすぎていた。


 暁津島のためにも八雲と和平を成すべきだと思うが、こんな関係は望んでいない。このままだと羽をもがれた鳥だ。


 高延の手の内から逃れたい。


 でもどうすればいいかわからない。抵抗の方法がわからない。


 無力感が常磐を打ちのめす。


 自分でこの状況をどうにかできる気がしない。


 誰か、助けてほしい。


 どうか、誰か。



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