表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
56/215

赤い空

 ちょっと待って、強力な術師が数人まとめて移転させられるのは知ってるし、見たことだってある。でも大隊まるごと、どころか敵味方がひしめき合ってたから、それ以上の人数を移転するなんて術師が連係したって無理がある。

 移転させるとしたら北の国境だろうとあたりをつけてそちらを探れば、さっきやりあった帝国軍の近くに多くの気配がある。国外へ連れ出されなかったのが救いだ。神殿と王宮が協力して、国境に結界を張っているからあそこで留まれたのかもしれない。武力で侵入するのを阻む、くらいの大雑把なもので今みたいに移転されたらなんの抑止力もないものだけれど、今回は助かった。

 国内であれば女神の愛し子に有利な力場が展開されてるから、数で劣っていてもある程度は耐えられるがすぐ近くに帝国軍が居る。彼らが移転、あるいは結界を破って侵入してしまえば力場なんてなんの助けにもならない。

 悪い方へと転がり落ちる思考は一旦やめよう。焦ってはいけない。


 そうやって私が考えている間にも、かき消えた味方の側に居た者たちは動揺していたが、それでも戦いを止めなかった。私たちに近づく敵をクリュセラが次々と切り落としていたし、ガウディムが方々と通信して情報収集に努めている。

 なのに、私ときたら動揺して考えることに集中して動けないなんて、情けない。これに近いことは以前の帝国との小競り合いでもあったのに。



「これは…あれだけ大勢で戦っていた者たちは何処へ…」



 内部の敵を掃討し外へ出てきたアルドール殿下が、戦場だった今やなにもない空間を見て唖然とする。それを見て少しだけ冷静になれた。



「混戦状態で密集していた中心部一体を強制移転させられました。霧らしきものが囲んだと思ったらすぐに消えてしまったので、通常の移転術ではなく何か補助具を使用したのでないかと思います」


「以前、帝国との小競り合いで中隊があちらに引き込まれた事があったが、あれとは違うのか?」


「はい。あれは術師が一人から数人を個々に移転させていましたよね。今回は切り合いの最も激しい場所がごっそり居なくなってるんです。術師の姿をここからでは確認できませんでしたから、そんなに人数は居なかったと言っていいでしょう」


「帝国皇帝ゲマドロースが術具の開発に力を入れていて、数々の術具が完成しているという話はもう間違いないな」


「噂だけでなかったのが残念ですね。すぐに気配を追ったところ、総大将インペドゥムスプリメトゥスの布陣する国境付近の王国内に多くの気配があります」


「こちらの隊を動かしても、すぐには駆けつけられない位置だな」



 そう、普通に天馬カエルクスで駆けて行っては、現場に到着した頃には誰も残っていないだろう。



「ガウディム、移転術を使える人を至急ここへ呼んでちょうだい」


「はい? 今ここにいる術師では数人移転させるので精一杯ですが」


「かまわない。移転させるのは私だけよ」


「ダメですわ、団長」


「カリタ、それは駄目だ。あちらには巫覡(ディンガー)と帝国軍の精鋭も控えているだろう、危険だ」



 クリュセラとアルドール殿下に即座に止められてしまった。でも…



「連れていかれてしまった者たちが危険なのです。巫女リーシェンである私が出ていって目を引かねば、彼らは殲滅されてしまうでしょう。そうなってしまえば、容易く更なる帝国軍の侵入を許してしまう」


「それはそうだが、少し時間はかかるが術師を集めて大隊規模で戦力を送り込んだ方がいい」



 それでは間に合わない、移転させられた人達が全滅してしまう。イーをはじめとして、愛し子が大勢連れていかれてしまった。今、彼らを失うわけにはいかないのだ。



「殿下が仰る大隊を送り込む時間を作ります。私を彼らのところへ送ってください」



 声を荒らげないように努めたけれど、ひどい表情をしていたのだろう。殿下は私の肩に手を置いて少しだけ力を入れて、静かに言葉を紡ぐ。



「落ち着け、カリタ。連れていかれた連中はグラテアンと我が近衛騎士団レクスプラエトリアニの精鋭だ、すぐには全滅させられない。ここでカリタが焦って移転したら、すぐに落とされてしまうぞ」



 子供の頭を撫でるようにがしがしと頭をかき乱して苦笑する殿下を見て、我にかえって恥ずかしさが込み上げる。私、焦ってたんだな。思い切り息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。



「もう大丈夫です、動揺して申し訳ありませんでした。私とガウディムで行きます。殿下は増援と共においでください」



 じっとアルドール殿下の目を見つめて言えば、苦笑いで「承知した、気をつけろよ」と返事をくれた。前から思ってたけど、殿下って私に甘いよなぁ。



「厳しくしても言う事聞かないだろ。ある程度で手を打っておかないと何をしでかすかわかったものじゃないからな、わが巫女は」



 口を尖らせて睨まれて、また口に出ていたと知る。



「アルドール殿下は兄さまたちみたいなんですもん、つい考えてることが口に出ちゃう。困ったなぁ」


「カリタの本音は、式典やら公式の場でなければ楽しいから大歓迎なんだがなぁ。静粛な場で俺の腹筋を鍛えさせらるのは困ったものなんだぞ」



 拳骨で軽く頭を打たれて笑う顔は、最初に獣車で見たものと変わらないなぁと、つい表情がゆるんでしまった。



「よし、落ちついたな。すぐに追いつくから、カリタだけで帝国軍を排除しようと無茶はするなよ。カリタが愛し子たちを失えないと思っているように、我々もカリタを失えないと思っているのだから」


「はい、気を付けます」



 「そうしてくれ」と私の頭をひと撫でして、アルドール殿下は援軍の手配をする為に学園内へと戻って行った。入れ違いに、転送を担当する術師が学園から出てきていた。なんと、術学の教師コキター先生とソノルース殿下だ。

 さっきまでこちらの話を静かに聞いていたクリュセラは、帝国軍が掃討されつつある周囲を警戒してくれている。



「緊急時ゆえにご挨拶は省かせて頂きます。移転はカリタリスティーシア様と、そちらの騎士殿でよろしいのですね?」



 ガウディムから騎士と天馬二組の移転を依頼してくれていたらしい。話が早くて助かる。しかしコキター先生は分かるけれど、なぜソノルース殿下まで?



「私は移転の技術はこの学園で最たるものと自負しておりますが、複数人を移転させるには術力が心配なのです。ソノルース殿下は不足する術力を補ってくださるのですよ」



 私の疑問の視線を受けて全ての回答をして、即術式を唱え始めるコキター先生。うん、いつも通り術学にはすごく喋って行動が早い。それ以外の私事になるとものすごく寡黙でゆったりした方で誰にでも平等に無愛想な、そんな分かりやすい先生が私は好きだ。



「ありがとうございますコキター先生、ソノルース殿下。アルドール殿下が援軍を連れて大規模移転をなさいます。学園からの移転となりましたら、ご協力くださると有難いですわ」



 学園から移動する間にも移転先の確認等を済ませていたらしく、返事をしている間にも移転が始まり、言い終える頃にはにっこりと笑う二人の姿が薄くなっていた。

 移転はそんなに長い間ではないのだが、水に潜った時よりももったりとした感触の空気が纏わりつく不快感に耐えなくてはいけないのが嫌だ。



 何とも言えない感触に耐えていた肌に、熱気に溢れた学園前の空気から変わって少し肌寒い空気が触れる。移転した先は戦場まっただ中ではなく、戦場から距離のある所だった。確かに、あの血煙で赤く染まった中に移転したら危ないもんね。何も言わずにここに移転させたんだもの、本当にものすごく優秀な術師だわ、コキター先生。


 その戦場の向こうの国境では、帝国軍を阻むために展開されている結界を破ろうと神編術師が張り付いて何かの術を展開している。あれが破られたら、帝国軍の増援に攻められて即全滅だ。

 移転してこないのは、先ほどの大規模移転の負担で今は移転させられないのかもしれない。早めに侵入してきた術師を排除して正解だった。

 あの結界はかなり複雑で私では強化できない。結界の内側に彼らに気が付かれないように、簡易的なものでも私の結界を展開した方がいい。

 すぐさま神編術師には見えないように結界を展開すると、ガウディムが協力してくれる。剣は苦手だけれど、こういった術を使うのはとても上手なんだよね。しかも何でもないように補助するあたり、いつもの騒がしいガウディムと同一人物に見えない。

 本人には言えないけれど、こやって真面目な顔してるとなんとなく男前に見えてくるから、可笑しくなって笑いが漏れちゃう。ちゃんといつものように落ち着けたもの、ガウディムに感謝だわ。



「私はあそこに突入する。ガウディムはここで待機して、アルドール殿下と連絡を取っていてちょうだい。もし帝国軍が攻撃してくるようなら、ここから離脱して安全を確保なさい。戦ってはダメよ」


「はい、団長。ご無事での帰還を待ちますよ。団長とみんなに女神の護りがありますよう」


「任せた。ガウディムに女神の祝福あれ」



 こうして見ている間にも、天馬ごとあるいは騎士だけが落下したり、動かぬ騎手を乗せ戦場から離脱する天馬や騎手の居ない天馬が駆けているのが見える。



「皆を迎えに行こう、蒼炎カエルライグニー



 蒼天は、もちろん早く行こう、と興奮する意志が伝わる嘶きを上げ、全力で駆けだした。


 天馬の足は速い。すぐに戦場へとたどり着いた私に見えたものは、誰もが赤い血の衣をまとい剣を振い戦っている姿。移転した王国軍も帝国軍も半分に減っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ