炎の剣
戦場の上部へ回り無数の小さな炎の剣を広範囲に投下すると、それに慣れない帝国軍が目に見えて動揺し、燃え移る炎を消そうとあがいている。
纏わりついて簡単に消せないようにしたから剣を振う手も止まり、帝国軍を切り払い、奇獣から振り落とし数を減らしていく。王国軍の剣から逃れた幾人かは、破られつつある結界の方へと離れていく。
「負傷者はガウディムの所まで下がって待機! 残りはアルドール殿下が到着するまで、アレをここに留めなければならない。まずは隊形を整えて、結界が破壊される前に残党を殲滅する」
アレの所で、今にも結界を破りそうな神編術師の後ろに控える帝国軍に向かって顎を向ける。一個大隊の集団の先頭が持つ旗には、皇帝ゲマドロースの皇帝紋が刻まれている。
そのずっと向こうに総大将プリメトゥスらしき人物と、背後には目の前の倍はある隊が佇んでいる。国が大きいと保持する騎獣騎士も多いのね。ここ以外にも配置されてるだろうし帝国にだって残してきてるはずなのに、底が見える気がしないわ。
「守護衛士兵団の天馬騎士大隊、それも皇帝直属だ」
荒い息をしつつ寄ってきたイーが呟く。
散らばった者たちは近衛騎士団とグラテアンのこだわりなく、整列しつつあった。うんうん、訓練が生かされてるね。
「そうね、こちらも少し草臥れてるとはいえ同じ天馬騎士大隊。しかも母なる女神の愛し子が揃っているのよ。神の国に生きているというのに、神を信じず好き勝手する輩に負けるわけにはいかないわね」
「そういえば、あいつ等って帝国の愛し子さんたちのおかげで普通に暮らせてるのに、偉そうですよねぇ~」
「そうよ、帝国の愛し子のかわりに炎をぶちかまして切ってあげましょう?」
同じく息を荒らげてボロボロになっても元気に寄ってきたラクリーマに、あえて軽く言ってみれば、いつも通りの口調で返事がある。
「私、切るの苦手だから炎で強化した槍で殴ります!」
「そこは頑張るでいいだろ…」
「えぇ~、副隊長はちゃんと切れるからいいですけど、私頑張っても切れないですもん。さっきもずっと殴ってたの知ってるじゃないですか」
「ものの例えなんだから、殴るだの切るだのにこだわらなくていいだろ」
「いーや、そこはしっかり区別しましょうよ」
我が隊ではいつもの掛け合いなのだけれど、よく知らない者たちにはこの場違いな言い合いを見て笑いをもらす者も居た。緊張感がないのは良くないけれど、緊張しすぎも困るから良かったかな。
「じゃあ、ラクリーマは殴るでいいわ。とりあえず結界が壊される前に残りをさくっといきましょう。ちゃんとお出迎えするために、こちらも準備しなくちゃいけないしね」
「はーい。私が行けばいいですか?」
「そうね、ラクリーマとオクルスと、うーん近衛騎士団の貴方と貴方とその両隣の二人の計8人で行ってきて」
整列していた先頭に居た二人と両隣の4人を指名して、すぐさま行かせた。結界に阻まれて国外へは出られないし、ほぼ全員が手負いだった。半分の人数だけれど軽く討伐できるはず。
ここで余裕を見せつけないと、待機している守護衛士兵団が調子に乗って押されちゃうもの。内部の結界も強化はしているけれど即席で張ったもので、巫覡でなくとも簡単に破壊できてしまうから、あまり時間は稼げない。
しょうがない、私が薙ぎ払うしかないか。
「ティー、結界の内側になにかしたのか?」
「あ、うん。一応私の結界を張っておいた。守護衛士兵団くらいなら少しは足止め出来るんじゃないかな」
「あいつら、狙いはティーや俺たち愛し子だと思うか?」
「たぶん。結界を破ってしまえば、ここからでなくても攻め込むことができるのに移転してきたのも、わざわざ愛し子をここまで引っ張り出すのも、こちらの意表を突くためでしょう? 私の側に愛し子を集中させてるのは有名らしいし」
「もともとグラテアン騎士団が愛し子の集団だっていうのは公にしている事だしな」
「国中に配置した団に分割して配属させたとはいえ、私の居る所はいちばん愛し子が多いもんね。簡単に切られない、術にも傷つきにくい愛し子は邪魔だから消しておきたいんじゃない?」
「ここには騎士団は配置していなかったのか?」
「もちろん、しているわよ。でも、もう少し内部に布陣させていたから、アルドール殿下と同じくらいの到着になるんじゃないかな」
「そうか。まさか都市中央部からここまで飛ばされるなんて予想もしなかったな」
「これだけ大勢を、普通に移転させる技術ってすごいよね。半分くらいは違うところとか、手足のどこかが吹っ飛んでてもおかしくないとヒヤヒヤしてたもん」
ほんと皆が五体満足で存在していて良かった。見習いとかが粋がって移転させた人が、全身骨折で反対側へ移転させられてたって事もあるくらいだもの。
「さらっと恐ろしいこと言わんでください、団長。ガウディムより、援軍が学園に集結しましたが、移転術師の確保に思ったより時間が掛かっているそうです。あと、この付近に配置されていた一団が、もう少しで合流との事」
負傷者をガウディムの所へ送り戻ってきたペンギテースの報告で、残存勢力だけで戦わなくて済みそうとほっとする。
「あら、プーリウス騎士団が駆けつけてくれるなら安心だわね。ルウィア団長にお任せして、休ませていただきましょう」
「またまたぁ、本当に休んでたら止まるとは何事だって拳骨食らうじゃないですか~」
戻ってきたラクリーマが、報告より先にルウィア団長の真似をする。ちょと、報告はどうした。
「先輩! 一人でさっさと帰らないでくださーい」
と、近衛騎士団の面々をぶっちぎって帰ってきたオクルス。「ごっめーん」「そうですよ~」はいいから。オクルス、お前も報告はどうした。
「お、お二人とも早い… グラテアン団長、国境内部の敵の掃討を終了いたしました。帰投前に結界を確認しましたが、術式にかなり亀裂が入っており間もなく破れるかと」
二人に置いてぼりをくらったのに、文句も言わず結界の確認までして報告をくれる近衛騎士くん。あ、訓練でもあんまり煤けてなかった人だ。息を切らしてるのに、ちゃんと報告もくれるし、いい人だ。
「確認してくれたのね、ありがとう。じゃあ、隊列を組んで迎え撃つとしましょう。もう少し頑張ってね」
笑って言えば、ちょっと照れたように笑いを返して仲間の元へと戻っていった。小隊のみんなともにこやかに何か話してるし、これなら連携も取れずに大混乱になるのは避けられそうだ。
なんて後ろを見ていたら、前方から静電気の音を大きくしたような何かが裂ける音が聞こえた。
目に見えない障壁のはずなのに、白いヒビが前面に広がりガラスのように空気が砕ける。こんな時になんだけど、綺麗だな。
雄叫びを上げた天馬騎士大隊が突入してくるが、先頭の数人が跳ね返されるように後退する。
細かい炎の糸を網にした結界だから、柔軟性はあるものの殺傷能力はない。数人が剣に術力を込め、それを斜めに振り上げる動作をしたとたん、炎の糸は解けた。隠蔽してなかったら、あれも綺麗だったろう。
「先に出て、何人かを落とす。動く機会はイーに任せるからね」
返事は待たずに、みんなを置いて先に駆けだす。蒼炎には敵の下でなければ好きに動いていいと伝えてあったので、やや高めから駆け降りるように敵の真ん中へと向かっていった。
最前列の敵が矢を打てば当たるが槍では微妙に届かない位置へ来たところで、槍の倍の長さはある炎の剣を顕現させ騎乗する人の胸あたりの高さを右から左へ横なぎに振い、返す手で天馬の足を狙い左から右へと振う。
人馬がいくつかの塊になりバラけて落下する様は、いつ見ても気分が悪い。
高温の剣は切った場所を焼いていき、空が赤くならないのがまだ救いだと思う。
二列目の半分くらいは剣が顕現したあたりで減速したようで、半分くらい残ったろうか。「散解!」の言葉で広がって逃げようとするが、蒼天の足は速いし間合いが大きい剣からは逃げられない方が多かった。
一方的すぎて気分は良くないが、他人の国に武力で押しかけてくる奴が悪いんだからね?




