赤い学園
さて、いい笑顔で敵を蹂躙して駆逐しましょうと言ったものの周囲は混戦を極めていて、今更どうやって乱入しようかしら、と悩む。
「アルドール殿下」
「なんだ、カリタ」
「格好よく蹂躙しましょうと言いましたけれど…」
「そうだな、ものすごく美しく勇ましかったぞ」
「ありがとうございます。いや、そういう事ではなくてですね。どうやってあそこに切り込みます?」
「あー、ものすごいのが頑張ってるな。確かに、俺もあそこに行くのは躊躇する」
のんびり会話をする私たちの頭上では、スキエンテが槍をぶんぶん振り回して敵を殺戮していた。突撃してくる帝国軍を、槍で刺して、足元から切り上げて、頭上から切り下ろして、身体の中心を貫通させてぶん投げる。複数で迫られれば槍を大きく回転させ、何度も切りつけつつ包囲を分断しまた刺して、切ってを繰り返している。
殿下の側近たちが風を起こしたり結界で防いでなければ、降り注ぐ赤い液体で私たちはびっちゃびちゃになっていた事だろう。
「あれがスキエンテの戦い方ですからね、止めろとは言えないですね。言えないけど…」
「我々の頭上以外でだったら、大いに拍手していたのだがなあ」
本当にそれ。とはいえ、がんがん敵を減らしていってくれているのは助かる。
しかし、かなりの数をスキエンテが排除していっているのに、一向に帝国軍が減っていないのは、あの国境際の待機軍からここへどんどん移転してきているからだろう。
学園外周にも、きっと相当数の敵が移転しているはず。首都内の味方が集まってきてるとはいえ、二個中隊くらいのイーたちでは分が悪い。
「では、我々が動いて頭上で戦闘している状況を無くしてしまいしょう。アルドール殿下に学園内をお任せしますね、私は外へ参ります」
「承知した。我らが巫女姫に女神の祝福あれ」
「我が騎士に女神の祝福あらんことを」
お互い笑顔で検討を祈りつつ、反対の方向へと馬首を向ける。
「スキエンテ、その調子でここを任せる。なんとしても守ってちょうだい」
「任されました、お姫様」
とても四方に敵を投げ飛ばしてるとは思えない位に淡々とした返事をするスキエンテは、血の雨が降っていなければのんびりお茶でも飲んでいそうな雰囲気だった。
食事でも読書でも戦闘でも、まったく調子が変わらないのがすごい所だわね。このまま頑張ってもらおう。
正門を飛び越えて外に出てみれば、スキエンテが作っていた状況と大して変わらない絵面が展開されている。それだけ人員が移転されて来ているという事なんだけれど、どれだけ人材が居るのよ帝国軍ってば。
スキエンテに負けないくらいに切り倒しているイーとオクルス、他の隊員と連携しつつ確実に敵を屠っているラクリーマと、近衛騎士団の中隊が健闘していた。
送り込まれているのは守護衛士兵団のようで、特殊能力を併用している兵は見当たらない。
という事は、燃やせる。
両脇のガウディムとラクリーマに目配せして、地上と天馬に騎乗している兵たちの頭上に小さいけれど濃密な球体を生み出す。味方に声をかける機会を図ってもらうため、二人に見えるように手のひらにも同時に同じものを作ってみせる。
さっきの炎の針の様に細かな操作をする余裕も時間もないので、発生から時間をかけずにぶつけてしまうために大雑把な条件付けに留めて拡散させる。
一度大きく手のひらを広げて、握りつぶす動作と同時に術力発揮の合図を二人が叫んだ。
訓練でも見せた球体をさらに小さく分散させてまき散らす術は、味方の幾人かが逃げ切れず被弾したものの、ちゃんと致命傷は避けていた。えらい、えらい。訓練の成果が出てるわ。
上空から打ち落とされた帝国軍と地上で炎に巻かれた帝国軍がのたうちまわり、走り寄った王国兵に切り伏せられる。避けたり当たらなかった残り3割程に減った帝国軍を討伐する王国軍をニコニコと笑顔で見ている私を、何人かの近衛騎士がじったりした目で見ていた。
えー、キミたちはちゃんと避けれてたじゃないの。なんでそんな非難する様な目で見るのかしら。
「せめてもう少し早く声をかけて欲しいっていう目ですよ、団長。さすがに私たちもいきなりで驚きましたって。離れている王国君たちは、団長がいらした事も気が付いていないと思いますよぉ」
合図を叫んだラクリーマが、私の心を読んだように言う。
跳ね飛ぶ炎の小球を避けて近くに来ていたクリュセラが、思い切り首肯している。あ、綺麗な髪が少し焦げてる。
「本当に。少し避け損ねて髪が燃えましたわ。ラクリーマも素敵な髪色に染まってるわよ」
「すごいでしょ。フリーギ中隊長の槍とか中隊長にぶっ飛ばされた敵兵から、ばっしゃばしゃ血が吹き飛ばされてさぁ。あんなん避けられないって」
「ほんとに濡れてるわ、重そうね。私は軽くなったけど」
ラクリーマが血染めの薄い金髪の染まってない部分を嫌そうにつまみ上げて見せれば、クリュセラも焦げて先の無くなったひと房を見せて二人できゃらきゃらと笑っている。
と、突然なにかが激突したような轟音と共に、視界を埋め尽くすくらいの帝国軍が転送されてくる。騎獣騎士の集団のようで、天馬だけの集団だった先ほどとは違っている。
とりあえずの精鋭を使いきったか、まだまだ温存しているのか判断に困る。
「すっごい数が飛んできたわ! なにこれ…」
「学園内部に移転しようとして弾かれたようね。団長、結界を展開していたのですね」
「実際に展開しているのは教師方なのだけれどね」
「学園に侵入出来ないのは良いことですけど、これを私たちだけで相手しなきゃじゃないですかぁ」
「すぐにアルドール殿下方も出てくるし、じきに応援も到着する。それまで耐えればいいのだから、頑張りましょう。術師の能力的にも限界でしょうし、これ以上は移転して来ないと思いたいわね」
はぁい、と明るく返事をしてラクリーマが中央で戦うイーの元へと駆けていく。クリュセラは門へ近づく敵兵を、天馬に乗りながら殴り飛ばしたり、蹴り落としている。器用だ。
「これだけ密度が高いと、団長の大がかりな術は使えないですね。これを狙っていたんでしょうか」
「狙っていたでしょうね。手っ取り早い方法を防がれちゃったわ」
各々、切ったり殴ったりしながらの会話だから、どうしても声が大きくなっちゃう。誰も彼も雄叫びをあげてて、暑苦しい。
「団長、首都内の帝国軍は殲滅したと報告有りです。新たに首都内への移転も無いそうですが、総大将プリメトゥスの側で神編術師の集団が慌ただしく動いているそうです。大がかりな攻撃か、ここの兵力の引き上げに集団移転をするかも知れないとの事です」
ガウディムの伝える報告に嫌な感じがする。
大がかりな移転。帝国軍だけを移転するのでなくこちらの兵ごと国境際へ引き寄せるつもりだとしたら、この密集した混戦はまずい。
「ガウディム、至急ここの全員に敵兵と距離を取るように」
伝えて、という続きは言えなかった。あっという間に集団の中心が霧のようなものに覆われかき消えた。後には霧の中に居た全ての者たちも一緒に消えてしまい、霧の外の赤い空間と対照的に清々しいほどに何もない静かな空間があった。




