94頁目.作り方と血統と遺書と……
次の日も、その次の日も、セリスたちは泉の跡地に毎日通って修行を続けた。
そうして修業が始まって5日が経過した頃。
フィンの闇魔法が安定してきたこともあり、セリスはようやく闇魔法と対峙することになった。
しかし、当のセリスは新しい魔法を何も編み出せていなかった。
「それじゃ、使うけど……。姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「とりあえず、今の手持ちの魔法で何ができるのか確認しなきゃ。ディーザのあの無敵の能力を突破する手段は今のところ何も思いつかないけど、少なくともあいつからの攻撃を防ぐ手段くらいは何か見つけないと」
「制御はするけど、手加減はできないからね! 疑似闇魔法『呪縛円』!」
フィンの足元の影が周囲に伸び、その中から8本の黒い鎖が現れる。
そして、それはフィンがセリスに近づくと同時に、自動的にセリスの方へと放たれた。
セリスはその鎖を避けつつ、火魔法や空間魔法など、様々な攻撃手段を試す。
「……何か、おかしいわね」
やがて、セリスは立ち止まってそう言った。
一通りの魔法を試して、フィンが放った黒い鎖を壊すことはできなかったものの、セリスは無傷だった。
「何がおかしいのさ」
「ここまで手ごたえがないことなんてある? いくら闇魔法とはいえ、このあたしが初級魔法すら突破できないなんて、何かがおかしいとしか思えないわよ」
『【呪縛円】は簡単に言えば頑丈な鎖を生み出して周囲を守るための魔法だ。影の円の中に入ったものを鎖が自動的に攻撃・捕縛して動きを止め、その隙に別の魔法でとどめを刺す。そいつは闇魔法でも珍しい、防御を備えた魔法なんだよ』
「それ、聞いてない。道理で手ごたえがないわけだわ。どんな攻撃もあの鎖が防いじゃうし、空間魔法で固定して切断しようとしてもびくともしないんだもの。固定して動きを止めるまではできるけど、あんなに数が多いと1本でも止め漏らしただけでその1本が空間魔法を壊しちゃうし」
「俺としては攻撃を全部いなされてるし、防御手段は十分に身についてると思うんだけど……。ノエル的にはそれじゃダメなんだよね?」
『その通りさ。この魔法を教えたのだってフィンの適性もそうだが、何よりセリスが突破すべき堅牢な壁として十分な働きをすると思ったからだ。さて、セリス。この魔法を突破する手段はやはり何も思い浮かばないか?』
すると、セリスは即答した。
「その鎖を壊すんじゃなくて、闇魔法自体を打ち消す魔法が必要なのよね。そこまではあたしだって分かってるのよ。でも、そのための魔法を作るってなるとどうすれば良いのか全く分からなくて……」
『おや、もう答えは出ていたんじゃないか。だとすると、そこからは色んな魔法を試すステップに進むはずだが…………待てよ。セリス、今、魔法の作り方が全く分からない、と言ったか?』
「そうよ。だってあたし、自分で魔法を作ったことなんてないもの。普段から使ってる魔法は石の書の魔法だし、空間魔法は全部ルフール様に教わったものだし、『深淵より覗く魔眼』はエスト様に教わったものをアレンジしただけだから、あたし自身は魔法を作ったことがないのよ」
『……そこは完全に盲点だった。それじゃ、もしかしてこの数日は実質的には無駄にセリスを悩ませていただけだったのか……? って、それならそうと言ってくれれば良かっただろう。なぜ相談してくれなかった?』
「だって魔法って頭に浮かぶイメージを元に発動するじゃない? だから、とりあえず闇魔法を魔法で打ち消すイメージを思い浮かべることができたら、勝手に魔法の呪文が頭に浮かぶものなのかなって……」
「セリスは昔から夢見がちですからね~。昔から、家にあった絵本に影響されてままごとを始めたり、大魔女の記事を見てサフィア様みたいな魔女になるとか言い始めたり~」
その瞬間、セリスはルナリーの口を塞ごうとルナリーに向かって駆ける。
ルナリーは笑いながらセリスから逃げ、そのついでのようにフィンに向けて指輪の光魔法を放った。
「眩しっ……! まさか走りながらでも発動できるなんて、あんたも手慣れてきたわね!」
「いずれ役に立つと思い、魔法の勉強をちょっとだけしてきた甲斐がありました~。おかげでピンポイントにフィン君に魔法を当てられるようになったんですよ~」
『確かに今の光魔法、最初のころと比べると効果範囲が絞られていたな。魔女見習いでもないというのに……。流石はソワレ姉さんの血筋、ということか』
実際、先ほどまでフィンの周囲に浮いていた鎖は跡形もなく消えていた。
恐らく、痕跡すらも残らぬほどに。
「劣化版とはいえ、特級魔法のさらに上の階級……原初魔法っていうのは本当なのね……。闇魔法を魔力ごと消しちゃうなんて、普通の光魔法とは比べ物にならない威力…………威力?」
そう言って、しばらく考えた後、セリスはノエルに尋ねる。
「ねえ、ノエル。今の魔法をあたしが発動するのって無理?」
『【天の光】をか? いや、どう考えても無理だろう。この指輪のように術式が埋め込まれていて、ルナリーのように光の魔力を膨大に有した存在がいてようやく発動できる魔法だぞ? そもそも、基本属性の魔力を体内に有していないんだし、光魔法自体を習得できないわけで……』
「習得したいなんて言ってないわよ。今の魔法をどうにか発動できないか、って話。そうすれば間違いなく、ディーザの闇魔法に対して効果的な一撃を与えられる、でしょ?」
『それはもちろんそうだが……習得せずに、発動だけを……? セリスがその指輪をもし持っていたとしても、やはり魔力の問題が……。す、少し考える時間をくれないか? それに、そういう話は魔法の作り方を教えてからでも遅くないだろう?』
「ううん、それじゃきっと間に合わないわ。魔法の作り方を教わる前に、どの属性の魔法を作るかは先にしっかり決めておかないと、でしょ?」
『いいや、それとこれとは話が別だ。とはいえ、少なくともアタシだけで思い浮かばないのは確かだし、ここからはフィンとルゥにも力を借りたい。頼めるか?』
フィンとルナリーは目を見合わせ、頷いた。
それを見たノエルは、セリスたちに言った。
『魔法の作り方がどうのこうの言っていたが、話としてはすぐに終わるんだ。作り方のほとんどが効率の良い試行実験のやり方のようなものだからね。だから、作り方については先に教えておきたい。唱えるべき呪文……つまりは【魔法文字の羅列】を作ること。基本的にはこれだけだ』
ノエルの言葉は一瞬で終わった。
セリスは唖然とし、ノエルに尋ねる。
「……え、今ので終わり? 魔法文字を並べるだけで魔法って作れたの?」
『もちろん並べ方にはルールがあるし、それを作るのはその魔法を習得して発動できる魔導士でなければならない。この世に存在する全ての魔法は、その魔法を発動可能な魔導士がどこかで生み出したから成立しているものなんだ。それが、ファーリが精霊と交わした魂の盟約だからね』
「それで、肝心の並べ方は? 姉ちゃんがそんなの記憶してるわけないし……」
「失礼ね!? あたしだって魔法文字の基礎的な知識くらいはあるわよ! それに、あんただって魔法文字を読むくらいはできるでしょ? ママが小さい頃から教えてくれてたんだし」
『良い教育をしてくれているじゃないか。それじゃ、本当に魔法の作り方自体を知らなかっただけで多少の知識はあるんだな?』
「その知識が正しいかどうかまでの自信はないから、辞書を引きながらになると思うけど……」
『それでも魔法文字が読めるなら、多少の時間はかかっても魔法を作ること自体は可能だよ。結局のところ、誰もが苦労するのはその魔法が成立するために必要な想像力の方だからね。今回は闇魔法を打ち消すという明確な目標があるわけだから、あとはその方法さえ思いつけば良いんだが……』
すると、セリスは思い出したかのようにして食い気味に言った。
「そうよ、やっぱり原初光魔法を発動できれば済む話ってことでしょ?」
「姉ちゃん、とりあえず今日は諦めようよ。これ以上は話が平行線になっちゃう。そろそろ暗くなる時間だし、ね?」
「うーん、方向性は間違ってないと思うのに……」
「ウチも、何か方法はないか本とか読んでおきますから~」
「うん、ありがと。それじゃ、今日のところは帰りましょ。ノエル、闇の魔力はいつも通りなさそう?」
『あぁ、その辺りは入念に見ているとも。問題ないよ』
セリスたちはそうして泉を去り、ソワレ村に戻る。
***
次の日、起床したセリスは朝食を食べるために家のリビングにやってきた。
すると、ノエルとヒューミが話をしていた。
『なるほどねぇ。まさかセリスの母親がヴァスカルの魔法貴族の血筋だったとは』
「あくまで血筋ってだけよ。その家から自分で縁を切ってでも、私はあの人と結ばれたかった。恥ずかしい話だけどね。魔女の血統がどうこうって話に嫌気が差してたから、家を出て正解だったのよ。別に仲違いしたわけじゃないから、今でもたまに会いに行ったりしてるわ」
『ということは、昔からヴァスカルに住んでいたんだな。もしかしたらセリスの力になれる情報が見つかるかもしれないね……。だが、ソワレの血筋の人間と結婚するってのも魔女の血統の話になるんじゃないのか?』
「それとこれとは話がまるっきり別だもの。話に聞いた限りだと、この村でソワレ様の血統は村長になって遺産を受け継ぐか否か。たったそれだけのものだもの。血筋を守るためにどこかの魔法貴族と結婚させられたり、ヴァスカルから出国することすら許されないような家もあるんだから。うちの実家はそれとは違ったけど、縁談を持ちかけられたのは本当の話」
『なるほど、ちなみに今の話……セリスは知ってたか?』
「うぇっ!? 気づいてたの!?」
盗み聞きしていたセリスは声を上げる。
すると、その声で起きたらしいフィンもリビングにやってきた。
「あたしたちは当然知ってるわよ。ヴァスカルに行ったことはないけどね」
「魔女ライセンスの試験を受けるまで、あの国に行かせるわけにはいきません」
「ほらね? っていうか、ノエルこそ。ママといつもこんな話してたの?」
『あぁ、情報収集も兼ねてね』
「私たち、すっかり仲良くなっちゃった。大魔女だったっていうから、魔法の話をしてみたら意気投合しちゃって」
「あの、さっきから父ちゃんが羨ましそうに2人を見てるんだけど……」
セリスがリビングの机の方を覗き込むと、いつの間にかトーラスが座っていた。
口を挟むまいと黙っていたようで、無言のままセリスたちの方へ振り向く。
「あぁ、パパはいつもここに座って話を聞いてたのよ。ノエル様がやってくるの、決まって私たちが朝食の準備をしている頃なんだもの」
『なぜか終始無言のまま話を聞いてるんだ。質問したら答えてはくれるんだがね……』
「だって、2人の会話を邪魔するとヒューミに怒られそうで……」
「別にそんなこと気にしないで、聞きたいことがあるなら聞けば良かったでしょ? むしろ、トーラスの方がノエル様と血縁なんだし」
「……確かに」
すると、トーラスは深呼吸をしてから、恐る恐るノエルに尋ねた。
「ノエル様、メモラの王都に一緒に来てくださいませんか?」
『王都に……? どういうことだ?』
「その……実は、ソワレ様の遺書をこの間から読み返していたところ、気になる記述がありまして……」
『姉さんの遺書?』
「はい、そこにはノエル様に関する2つのことについて書かれていました。1つは『魔女の墓場』の処遇について。もう1つは……『農園のゴブリン』について、です」
「……え? 噂で聞いたり歴史の本で読んだことはあったけど、その2つってノエルに関連してるの?」
そう言ったのはフィンだった。
セリスも少し考えた後、思い出したようにして手を打った。
「魔女の墓場ってこの国で有名な心霊スポットじゃない! あ、でも今は違うか……。農園のゴブリンも、今はもう農園自体がないって聞くけど……」
『……1つずつ聞こうか』
「いえ、実はその2つの話はまとめてお話しできるんです。今、メモラの王都は治安が最悪になっているんですよ。『魔女の墓場』に集まった、元『農園のゴブリン』たちが町中を牛耳っていましてね……」
『……はぁ? その辺りの治安管理は国王直属の兵士たちの仕事だろう? 一体、メモラ王は何をしているんだ?』
「それが、ノエル様に王都へ一緒に来ていただきたい理由なんです。少しややこしい話になるので詳しくは国王に直接聞いていただいた方が良いかとは思いますが、端的に言うと……ボスがいなくなったのが原因だとか」
『ゴブリンのボス……。確か、連中の長はイダチ……とかいったか。そのゴブリンが死んだのか?』
すると、トーラスは頷こうとしたがそれを途中でやめ、首を横に振った。
「それもボスの1人です。農園のゴブリンたちには群れのボスとは別の、精神的強者たるボスがいたんです。1人は彼らの召喚契約者であるソワレ様。そして、もう1人は農園の長……2代前のメモラ王・ダイヤ様です」
『そうか……ダイヤも死んだか。いつの話だ?』
「2年前です。亡くなる直前まで農園を運営していたのはダイヤ様だったようで、十分な引継ぎができていなかったとかで潰れてしまい……」
『ということは、それまではその農園は変わらず運営されていたんだな……?』
「ええ、その通りです。かつてソワレ村を襲ったゴブリンの大群と、この国の牢に収監されている更生が必要とされた罪人たち。彼らが兵士たちの監視下で働かされていた、収容所を兼ねた農園……それがダイヤ様が運営していた『ダイヤ農園』と呼ばれていた施設です。昔よりは警備が厳重になっていたようですが……」
『アタシの記憶が正しければ、ゴブリンたちだけはそこから逃げることが許されていたはずだ。つまり、農園の運営が立ち消えた今、そこにいたゴブリンたちが王都に降りてきて治安を悪化させている……と。だが、ゴブリン程度なら兵士だけでも討伐できるだろう?』
トーラスは再び首を横に振る。
すると、フィンが言った。
「この国の法律で、農園のゴブリンから危害を受けない限り、こちらからも決して危害を加えてはならない。そう決まっているんだ」
『なるほど、ダイヤが制定したものか……。ん? でもそれだと、連中は人間たちに危害を加えていないのか?』
「うん、そういうニュースは聞かないね。多分、迷惑行為をしているとかじゃなくて、ただ誰も怖くて近づけないだけみたい。食べ物は『魔女の墓場』に集まる魔力で十分みたいだし」
『そうか、それで魔女の墓場に……。あそこはかつて、アタシたちが魔法の研究をするために色んな魔法に関する資材を集めていた。それに引き寄せられたのかもしれないね。だが結局のところ、アタシに何ができるっていうんだ? トーラスはどうしてアタシを王都に連れていきたいと?』
「先ほどの話には続きがありまして……彼らのボスはあと1人いると、ソワレ様の遺書にありました。それが、あなたです。ノエル様」
『……うん??』
ノエルは素っ頓狂な声を上げる。
「ゴブリンたちを実際に制圧するに至ったのはソワレ様の魔法だったそうですね。ですが、それまでゴブリンたちを操っていた災司の手からゴブリンたちを救おうと、災司と実際に戦っていたのは……ノエル様、あなただそうですね。どうやら、ゴブリンたちはそれにとても感謝していたのだとか」
『聞いてないぞ、そんなこと……!?』
「あなたが亡くなった後に書かれた遺書ですし、あなたの知らないところでソワレ様がゴブリンたちから話を聞いていたようですね。あぁ、それと、ゴブリンたちの再召喚に使われた術式はメモラ王家が保管しているそうです」
『なるほど、姉さんが死んでもゴブリンたちが残っているのはそれが原因か……。そして、ダイヤのことだ。後継者の教育はしっかりしてあるだろうし、今の王家はその術式を破棄しようとも思っていないということだな。じゃないと、2年もゴブリンたちを野放しにするはずがない』
「そういうことです。なので、あなたの力をお借りしたい。ソワレ様の遺書に書かれていたのは、ゴブリンたちの安寧でした。今のままではいずれ、不満が溜まった国民がゴブリンたちを攻撃する可能性もあります。お願いです、ノエル様の力が必要なんです!」
「パパがここまで頼むなんて……。ねえ、ノエル。今日は王都に行ってみない?」
少しの沈黙の後、ノエルは答えた。
『仕方ない。他でもない姉さんの願いだ。今日は農園のゴブリンたちに会いに行くとしよう』
「ありがとうございます! では、これから出立の準備を――」
「トーラス? あなた、仕事は?」
「……1日くらい休んでも良い、よね?」
「ウチの農園はソワレ様の代から続いてる農園なんだから、サボりが許されるわけないわよねぇ……?」
「でもセリスたちが危険かもしれないわけで……」
「あと1つ試験をクリアするだけで魔女になれるほど立派な魔女見習いなんだから、身の守り方くらい心得てるに決まってるでしょ? それに、フィンだってあなたが鍛えてたんだし、自信がないとは言わせないわよ?」
ヒューミの詰め寄りにトーラスはたじたじになっている。
やがて、トーラスは諦めたかのように溜息を吐き、言った。
「ごめんよ、パパは仕事に行かなくちゃ……」
「う、うん、気にしないで。あたしたちは大丈夫だから、ね?」
「そうだよ、少なくとも今の俺は父ちゃんより強い自信あるし!」
「セリス……フィン…………強くなったんだなぁ……」
そう言って、トーラスは2人を優しく抱きしめる。
そして、言った。
「じゃあ、パパはママと一緒に2人の無事の帰りを待ってるとするよ」
「うん、でもパパ、仕事には行ってね?」
「そうだね、帰ってきて早々に父ちゃんが母ちゃんに踏まれてる絵面は見たくないし……」
「はい、行ってきます……」
トーラスは2人から手を離し、家を出て農園の方へと歩いて行った。
そして、ノエルはセリスたちが食事を終えるのを待ちながら、2人と共にメモラ王都へと行くことを決めたのだった。
セリスたちを待ちながら、ノエルは独り言ちる。
『やれやれ、トーラスが来なくて幸いだった。アタシがこの国に戻ってきたのには、セリスの修業とは別の理由がある。それはかつて魔族、あるいは魔人と呼ばれた種族がどういうものかを調べなおすためだ。そのためにアタシの研究資料があるこの国に戻りたかった。そして、いずれゴブリンたちに話を聞ければと思っていたが、まさかこういう形で話せる機会が生まれるとはね……』




