六日目その2 中心と異端、離れた「扉」の謎
小型発電機を積んだトラックを走らせる私たちは、再び郊外の山中にある洞窟へと戻ってきた。
その車中、私は自衛隊から送られてきた資料を見ていた。
「――半径10キロの半球状、ですか?」
助手席で私が呟くと、隣で運転席のハンドルを握る和真くんが険しい顔で答える。
「ええ。自衛隊のレーダー波を使った観測で、今回の時間停止領域の全容がようやく割り出されたんですって。一定範囲の時間が完全に止まっているからこそ、そこに照射したレーダー波がそのまま綺麗な反射波として返ってきたらしいよ」
「なるほど。で、その観測された領域の中心……つまり、今回の異変の発生源がどこだったか解ったんですか?」
「そこが……問題なのよね」
和真くんは山道の終点の路肩にトラックを止めた、ここからは歩きである。
「中心地は、やっぱり『黒野工科大学』だったそうよ。私の予想通り、あのキャンパスがすべての発生源だったわ」
「そうですか……」
私は荷台から荷物を下ろして、うっそうとした木々を見上げた。
辻褄は合う。中心が黒野工大であれば、中心に近づくほど時計の針の停止時間が「5秒→3秒→1秒」と巻き戻っていった現象とも完全に一致する。
だが、問題はその先だ。
「でも、寿美香さん。中心が市街地にある工大なのに、中枢へ繋がるであろうこの『扉』は、なんでそこから遠く離れたこんな郊外の山中にあるんでしょう?」
「そこなのよね。地理的な大きな矛盾よ。大学とここじゃ、直線距離でもかなり離れてるしね」
「それに、大学構内じゃそれらしき物は見つからなかったんですよね?」
「そうなのよねぇ……」
そこにどのような意図や仕掛けがあるのか。頭の中に嫌な引っかかりを残したまま、冷え切った空気が漂う洞窟の入り口へと歩みを進めた。
洞窟の奥に待ち受けているのは、市のインフラとは似ても似つかない、重厚で最新鋭のハイテク扉だ。
「さて、と……。和真くん、頼んだよ」
「はい。任せてください」
私は発電機をセットし、和真くんは背負ってきたリュックから、配線キットを取り出した。手際よくコードを繋ぎ、扉の横にある剥き出しの制御端末へとバイパスを這わせていく。
「電極よし、回路接続……寿美香さんお願いします!」
私が発電機を作動させた瞬間、扉のNFC端末に光が入った。
鍵である地ノ里のスマホをかざすと、扉はわずかな駆動音と共に開いた。
「やった……!」
「さすが電気工事士の資格持ちね」
「趣味の領域ですって言ったじゃないですか」
と苦笑いしながらも、和真くんの額にはうっすらと汗が滲んでいた。
扉の向こうに広がっていたのは、薄暗く複雑な地下通路だった。
私たちは懐中電灯の光を頼りに、その地下迷路へと足を踏み入れた。
「さあて行きましょうか!……いてっ!?」
前をまったく見ていなかった――いや、見てたんだけど――和真くんが、空間の何かに激しく激突し、盛大に尻餅をついた。両手で鼻を押さえてうずくまる。
「痛っ……あ、れ……?」
「ちょっと、大丈夫?」
私は呆れながら歩み寄り、和真くんがぶつかった空間に手を伸ばした。
――ひんやりとした、ガラスのような冷たさ。
そこに広がっていたのは、壁でも何でもない、暗い地下通路の空間の真ん中にスパッと垂直に切り取られたように存在する、「見えない壁」だった。
「これは……」
「あ……」
痛みをこらえながら顔を上げた和真くんが、絶句したようにその境界を見上げる。
「……時間停止の領域が、地下にまで侵食してきているんだ……」
「ということは、領域は半球じゃなくて球体ってことですか?」
「恐らくね……」
その先は、分子の動きすらも固定された完全なデッドゾーンだ。この停止の壁に阻まれて中心へ通り抜けることはできない。
物理法則が完全に死に絶えた、絶対的な静止領域。
普通の人間であれば絶望するしかない光景を前にして、しかし私の胸の内で燃えていたのは、恐怖よりもむしろ奇妙な闘争心だった。
「ここから先は、私の領域ね」
私はフッと不敵な笑みを浮かべ、呆然とする和真くんを振り返った。
無職のOLから、一介の調査団長へ。この世界で唯一、凍りついた時間を自分の足で踏み荒らせる「特異点」は、他ならぬこの私なのだから。
「とは言え、もう遅いし、ここも無事開いたし、『壁』のせいで多分私以外は入れないし、つづきは明日にしましょ。お腹空いたし」
「……寿美香さんって、結構食いしん坊ですよね?」
「なっ?!……失礼ね……人間ちゃんと働いたらお腹も空くでしょうよ」
「まあ、そうですね」
「本部にキッチンあったわよね、私が作ってあげる。感謝しなさい」
「ほんとですか!?いただきます!」
現金なものね、どっちが食いしん坊なんだか……




