三日目その2 針の根元
和真くんを見送り、私は一人で公用車の運転席に乗り込んだ。
車を走らせ、黒野市外環状道路の中央分離帯を越える。
一歩「壁の中」の静止空間に潜入した瞬間、世界から一切の音が消え失せた。聞こえるのは、この車のロードノイズだけだ。
今回の任務は、この異変の原因を探ること。
昨夜自分で作ったルートマップに従って、私は街の中心部へと車を走らせた。
最初は、ただ不気味な静寂に圧倒されていた。だが最初の目的地である、街のシンボルを冠した大通りの時計塔の前で車を路肩に止め、フロントガラス越しにそれを見上げる。
巨大な文字盤が指している時間は「08:00:05」。
この世界が停止した、あの運命の瞬間のままだ。
気を取り直して、さらに車を中心部へと進める。
次に通りかかった銀行のデジタル壁時計に目をやった。電光掲示板の赤い数字は、ピタリと止まっている。
「……08:00:03?」
私は思わず、自分の腕時計と見比べた。私の時計は、今も現実の時間をカチカチと進めている。
おかしい。さっきの時計塔は「5秒」だった。なのに、なぜこの銀行の時計は「3秒」で止まっているのだろう。
胸を突く予感に突き動かされ、私はさらにアクセルを踏み込んだ。
商店街の時計、ガソリンスタンドの看板に設置された時計、通り過ぎる車の中のデジタル表示。
確信は、すぐに氷解して事実へと変わった。
中心部へ近づけば近づくほど、街の時計たちは「08:00:05」→「08:00:03」→「08:00:01」と、より早い時間で固まっている。つまり、中心に行けば行くほど、この時間停止現象が「発生した瞬間」に近づいているということだ。
この黒野市は、「アナログ時計の文字盤」を模して作られた、中央から放射状に広がる特殊な都市計画で作られている。
なんでも江戸時代、この辺りを治めていた藩主が、新しもの好きで時計を手に入れた感動から、街作りにまで反映させたのだとか。その上、藩内で時計作りを奨励し、ついに一大産業にまでなったという。工大があるのもその名残だそうで。
そのすべての針が集まる根元。同心円の中心点にあるのは、どこかというと……。
ルートマップと、頭の中の街の記憶が、パズルのピースのようにカチリと噛み合った。
「……黒野工科大学」
私がキャンパスライフを送った母校だ。
間違いない。この時間停止は私の母校を発生源として、同心円状に外側へ向かって広がっていったんだ。
ゾワリと、背中に冷たいものが走った。
これは、ただの自然現象なんかじゃない。あそこ(大学)で、何かが起きたんだ。
私は大学へと車を走らせる。その時、ある変人元教授の事を思い出していた。
大学の駐車場へ車を止め、懐かしさを感じながらキャンパス内の探索を始める。
「そういえば卒業ぶりだな……あのブラック企業め、学園祭にも来れなかったじゃない」
ふと、モラハラハゲ上司の顔を思い出し、怒りが沸き起こる。とはいえ、大学時代のサークル仲間に弁護士になった子がいたから、その子に頼んでがっつり諸々ふんだくってやったけどね。
さて、そんなことを考えながらキャンパスを調べるが、めぼしいものは見つからない。私は昼食を摂るために、中庭のベンチに腰を下ろした。
サンドイッチを口に頬張りながら、思考を巡らせる。
(……時間停止……時間……タイム……マシン、そんなこと言ってた変人がいたような……)
そうだ、あいつだ!
「ぼろほうき……まさかあいつが?」
いやいや、まさかそんなことできるはずがない。私なんか足元にも及ばないような偉い学者さんも、タイムマシンは存在しえないって言ってたじゃないか。
それでもあの変人の事を思い出したのは訳がある。
私がここへ入学した年の学園祭、そこである大事件が起こった。
「ぼろほうき」こと法木博士教授が、爆発事故を起こしたのだ。
それまでも様々な奇行で知られることで有名だったのだが、この事件であっという間にクビになってしまった。
助手として付いていた学生も一人、退学処分になっていた。
「あの二人の手がかりが見つかれば、進展があるかも」
私は大学の職員室や資料室なんかを捜索し、日がすっかり暮れる頃――と言ってもこの異変の中では変化がないのだけれど――必要な書類を手に入れたのだった。
え? 窃盗じゃないのか? 消費財の使用ルールはどうした?
そんなこと言ってる場合じゃないわ。もし時間を戻せる目途が付いたら、その時戻せばいいのよ。




