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九戸さんの長い一日  作者: うずら


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3/12

三日目 少しの驚きとさらなる異変

なんと、8年ぶりの再開。

ピロピロピロ・・・。

静まり返った部屋の中に、私が昨日アパートから回収してきた目覚まし時計のアラームが、場違いに元気な音を立てていた。

昨日、二日目の調査報告を済ませた際、時田進士市長から手渡された鍵と住所のメモ。そこに書かれていた新築のマンション、今日からの私の宿舎だ。支給された寝具でぐっすり眠り、自前の少しくたびれたリクルートスーツに袖を通したところで、ピンポ~ンとインターホンの音が響いた。

玄関を出ると、見覚えのある少し型落ちした公用車のセダンが停まっていた。


「おはようございます、九戸さん。迎えにきました」


ドアを開けるとそこには、時田和真が立っていた。だが、その顔はどことなく青白い。目の下には、絵に描いたような濃いクマが居座っていた。


「おはよう、和真くん。……って、何その顔。幽霊かと思った」

「あはは、分かります? 実は昨日の調査データのまとめと、本部に提出する報告書の作成で、完全に徹夜になっちゃいまして。今、ちょうど夜勤明け状態なんです。九戸さんを本部に送り届けたら、僕は一度家に帰って泥のように眠る予定です」

「うわあ、お疲れ様……。運転、大丈夫? 私が代わろうか?」

「いえ、大丈夫です、慣れてますので、それにいまの僕の役目は九戸さんの調査のまとめですから」


つまり、和真君の仕事は私の調査待ちと言うわけだ。たしかに研究職は徹夜になることが多いけど…徹夜…サビ残…うっ。頭が…。

私は助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。車が静かに走り出す。

ここは黒野市郊外、時間停止の影響はここまでは及んでいない。

だが今走っている道路ー黒野市外環状道路ーの中央分離帯を挟んで時の境界が築かれているのだ。

窓の外から見える境界の向こうの黒野市の街並みは、昨日と変わらず高解像度の静止画のようにピタリと止まっていた。宙で静止した木の葉や、散歩の途中で固まった犬を見ながら、私はふと気になっていたことを口にした。


「それにしても、和真くんって、なんでそんなに物理に近いの? 昨日の報告書の専門用語もすごかったし」

「ああ、言ってませんでしたっけ。僕、市外の大学の理学部出身なんです。専門は物理学で。卒業してこっちに戻ってきてからは、個人的な研究を続けながら、父の手伝いをしてたんです。まさかその知識が、こんな異常事態で役立つとは思いませんでしたけど」

「へえ、物理学か。私なんて黒野工大の出身だけど、食品工学専攻だからさ。白衣を着て、毎日ひたすら乳酸菌の培養をしたり、食品の成分分析をしたりしてただけ。だから今回のSFみたいな現象、正直なところ完全に門外漢なのよね」


私はシートに背中を預け、自嘲気味に小さくため息をついた。


「食品工学ですか! いやいや、専門が違っても同じ理系じゃないですか。卒業後はやっぱり食品関係の会社に?」

「うん。この街の中堅食品メーカーに就職して、開発と品質管理を兼任で5年。……まあ、そこが絵に描いたようなブラック企業でさ。残業は毎月過労死ライン超え、有給は書類上だけの存在。メンタルがすり減って、先月ようやく逃げるように退職したの。で、絶賛失業中にこの世界停止でしょ? 踏んだり蹴ったりよ」

「5年も……。それは大変でしたね。でも、そんな状態からいきなり『不可視壁対策本部・調査団長』に大抜擢されるなんて、人生分からないものです」


和真くんは同情を寄せるように、けれど少しおどけた調子で言った。その横顔を見て、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。優秀な元調査団長と聞いて少し構えていたけれど、中身はただの「聞き上手な理系男子」だ。


「ねえ、和真くん。これからはさ、二人っきりの時は普通に話さない? 団長とか副団長とか、肩書きばかりだと肩が凝るし」

「えっ、いいんですか? じゃあ……お言葉に甘えて。僕も『九戸さん』って呼ばせていただきますね。……あ、でも、仕事の指示はちゃんとくださいよ?」

「もちろん。物理的なことは和真くんに頼りっきりになると思うからよろしく」

「任せてください。それに、食品工学の知識だってこれから役立つかもしれません。九戸さんがあの静止空間で活動を続ける以上、『食料』の確保と安全性の検証は絶対に必要なプロセスですから」

「……ふん、上手いこと言うじゃない。まあ、お給料分の働きはするわよ」


そんな理系同士の雑談を交わしているうちに、車は対策本部のある建物へと滑り込んだ。


「――というわけで、九戸調査団長。本日より正式に我が『不可視壁対策本部』の顔として、あの一切の時間が止まった未知の領域を切り開いていってほしい」


対策本部の一室。

古めかしい事務机を背に、時田進士市長は仕立てのいいスーツの襟を正しながら、いかにも政治家らしい朗らかな笑みを浮かべた。


「はあ、よろしくお願いします。……あの、本当に『問題が解決したら市役所の正規職員として採用』、っていう条件、忘れないでくださいね。契約書にも書いてもらいましたけど」


私は襟元を気にしながら念を押した。二十七歳、元OL、絶賛失業中。時間が止まろうがなんだろうが、無職に甘んじる猶予はない。背に腹は代えられないのだ。


「ははは、約束は守るよ。我が街を救う英雄を、無職のまま放り出すような薄情な真似はせんさ。なあ、和真」


市長が、私の斜め後ろで眠そうに目をこすっていた青年に視線を向けた。


「はい。僕からも、九戸さんの身分と今後の生活については、責任を持ってサポートすると約束します。父さん」

「うん、頼んだよ。……ん?」


私は、和真くんの言葉が脳を通過した瞬間、奇妙な引っかかりを覚えて動きを止めた。

今、この徹夜明けの副団長は、なんて言った?


「……え?」


私は、時田進士市長の顔と、時田和真くんの顔を、交互に三往復ほど見比べた。

言われてみれば、二人とも「時田」だ。昨日は混乱の極みにいたから完全にスルーしていた。だが、改めて並んだ二人を見ると、全体の線の細さや、どこか理屈っぽそうな眉の寄せ方がそっくりではないか。


「えっ、あなた達……親子だったんですか!?」


私の指差し驚愕ツッコミに、和真くんは「あ」と小さく声を漏らし、気まずそうに人差し指で頬を掻いた。


「あ、すみません。まだ言ってませんでしたっけ。その、時田進士は僕の実の父親です。公の場では一応、市長と部下として振る舞おうと思ってはいたんですけど、つい」

「つい、じゃないわよ! え、じゃあ何? 私、昨日から市長の息子さんをアゴで使って、車を運転させたり荷物持ちさせたりしてたわけ!?」

「いや、いいんですよ九戸さん! 今はあなたが団長で、僕が副団長ですから。手に負えない現場の度胸もありませんし……ね、父さん」

「これこれ和真、職場では市長と呼びなさい。九戸くんも、そんなに恐縮しなくていい。このバカ息子は物理の知識はそれなりだが、現場の度胸が足りん。君のような肝の据わった年上の女性に引っ張ってもらうくらいが、ちょうどいい教育になる」


市長は豪快に笑っているが、私は心の中で「コネ入職のエリートお坊ちゃんだったかー!」と頭を抱えていた。


「……はあ。わかりました。内容はともかく、仕事は仕事として割り切ります」

「そう言ってもらえると助かります、九戸さん」


和真くんはホッとしたように、眠そうな目を細めて笑った。


「じゃあ、僕は約束通り、一度家に戻って寝ますね。九戸さん、今日の調査も気をつけてください」


そう言って、和真くんはふらふらとした足取りで部屋を出て行った。残された私は、本日の調査ルートマップに目を落とした。

――ここからが、私の本当の『長い一日』の始まりだった。

これからは、少しずつ投稿していく予定。(ほんとか?)

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 事態の混迷に立ち向かう主人公がこれから先にどの様に立ち回るのか気になる展開だと思いました。 長い一日とはどの様に意味する一日に成るのかが気になる所です。
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