八日目 地下50mの真実と、孤独な決断
昨日、私が持ち帰った手製のマップデータと、虚しく終わった大学構内の再調査。その報告を受けて、対策本部に詰める和真くん率いる解析班は、徹夜で観測データの精査と古文書・公文書の再解析に追われていた。
そして今朝。本部へ出勤した私を待っていたのは、驚くべき新事実だった。
「――発生源の中心が、地下にある……?」
和真くんが示したモニターを注視しながら、私は思わず声を漏らした。
「ええ。前回の自衛隊によるレーダー観測データを再度精査した結果、時間停止領域の中心は、黒野工大のキャンパス内ではなく、その直下地下五十メートルだと判明しました」
和真くんが険しい顔で説明する。
「地下五十メートル……。だから大学構内をいくら探しても何一つ見つからなかったわけね」
自虐交じりに呟くと、和真くんが苦笑しながらも真剣な目つきで頷いた。
さらに、歴史資料を解読していた専門チームから第二の報告が上がる。
あの郊外の山中から伸びていた古ぼけたコンクリートの地下通路。その正体が、ついに解明されたのだ。
「戦時中、黒野工大の学生・関係者を空襲から防護するために作られた、極秘の『地下防空壕』の記録が見つかりました」
資料によれば、あの不自然に入り組んだ複雑な迷路構造は、万が一敵兵に侵入された際に内部を暗闇と撹乱構造で防衛するための旧軍の設計によるものだったという。
そして――。
「学内側に存在していたかつての出入り口は、戦後のキャンパス改修と再開発工事の際に完全に埋め立てられており、地上からのアクセスは不可能です。現在、地下の防空壕へ物理的に侵入できるルートは、郊外の山中にあるあの扉一つしか残されていません」
「……なるほどね」
思わず溜め息が漏れた。
大学からは入れず、郊外の洞窟からしか入れない。あの謎めいた地理的矛盾の種明かしは、戦時の遺物と戦後の開発という歴史の悪戯だったのだ。
法木と地ノ里は、その打ち捨てられた防空壕を勝手にアジト兼実験室として利用していたのだろう。
「つまり、あの迷路を突破する必要があるってわけね」
言葉にすると、ずっしりとした重圧が胃のあたりに落ちてきた。
『見えない壁』を越えて動けるのは、この世界で唯一の『特異点』である私だけ。
「寿美香さん……」
和真くんが心配そうに私を見つめる。その目は、昨日私がノートを持ち帰ったときよりもずっと深く、濃い影を落としていた。徹夜で解析に付き合っていたのだろう。
「大丈夫よ、和真くん。顔、怖いことになってるわよ。ただでさえ濃い目のクマが、いよいよパンダみたいになってる」
「こんな時に冗談言わないでください! 一人で暗闇の地下五十メートルに潜るんですよ!? 万が一何かあったら、誰も助けに行けないんです!」
思わず声を荒らげた和真くんに、私は少しだけ微笑んで見せた。
彼のそのまっすぐな心配が、怖気付きそうになる自分の背中をどれほど支えてくれているか。
「だからこそ、準備を完璧にするのよ」
私は七日目に描いた手製のマップを開き、分析チームが見つけ出した防空壕の全体構造と机の上で突き合わせた。
「私が昨日進んだのは、この区画のほんの入口ね。このY字路を左に折れれば、防空壕へ降りる通路に繋がるはず……」
二人で頭を突き合わせ、地図を指でなぞりながら、最深部への最短ルートと手入力のチェックポイントを一つずつ確認していく。
ライトの予備バッテリー、非常食、水、そして記録用のカメラを用意して迷路攻略の準備は整った。
「明日で決着をつけるわ」
マップを閉じ、私は静かに息を吐き出した。
ただの無職の元OLが、世界を止めた悪戯な時間と、地下五十メートルに眠る真相にたった一人で立ち向かう。
怖くないと言えば嘘になる。だけど、私には待っていてくれる相棒がいるのだから。
私は静かに、明日の決戦に向けた覚悟を固めたのだった。




