噂話 可憐な肉食の生き物、あるいは皿に名前をつけるということ
「ねえ、『さえずりの食卓』って、料理人のお嬢さんが名付けたんですって?」
「ええ。そうらしいわね」
「素敵な名前。可愛らしくて」
「少し詩的よね」
「鳥の声が聞こえるみたい」
「名付けがよく生まれる集まりにも、よく合っているわ」
新しい客たちは、だいたいそこで頷いた。
鳥が鳴く。
人が言葉を置く。
誰かが拾い、また別の場所で口にする。
綺麗な名前だと思えば、それで十分だった。
古参の女性が、グラスを置きながら笑った。
「ええ。最初は、そう聞こえるのよ」
「最初は?」
「だって、さえずりだけなら可愛らしいでしょう?」
「食卓も素敵じゃない。皆で囲む場所でしょう?」
「まあ。そうとも言えるわね」
古参は、それ以上説明しなかった。
〈女性たちの卓では、名付け鳥の話が続いていた〉
「名付け鳥って、名前をつけたら終わり?」
「いいえ。そこからが本番よ」
「何をするの?」
「聞くの。その名前がどうさえずるかを」
「さえずりって、噂話?」
「ええ。人の口を借りて広がる声ね」
「それで、報酬は?」
「情報よ」
「情報?」
「名前を置くと、人が勝手に続きを話し始めるの。どう感じたか、どう使うか、誰に話すか」
「それがわかるのね」
「ええ。その人が何を考えているかも」
小さな笑いが起きた。
「じゃあ、名付け鳥は待つだけ?」
「いいえ。問いかけるのよ」
古参はわずかに声を落とした。
「あなたはこれを、どうさえずる?って」
「同じ名前でも変わるの?」
「ええ。褒める人もいれば、悪口にする人もいる。黙る人もいる」
「黙るのも?」
「立派な答えよ」
新しい客は頷いた。
「名前は旅をして、戻ってくるのね」
「そう。意味を増やしてね」
「それが報酬?」
「ええ。自分の言葉が他人の口から聞こえてくること。それが一番なのよ」
誰かが置いた名前が、もう別の卓で違う形で使われている。
「もうさえずっているわ」
「ええ」
古参は笑った。
「あとで聞いてみるといいわ。どう聞いたの?ってね」
名付け鳥の報酬は、広がった言葉が連れてくる声だった。
〈男性卓では、少し違う話になっていた〉
「でも、あのお嬢さん、よくあの場で名前を出せたよな」
「どういう意味だ?」
「あの夜、本人もかなり皿に載ってただろ」
「ああ。顔合わせの話か」
「小熊との関係もな」
「家の話も振られてたらしい」
「帰ってきたばかりの人間に、ずいぶんな出迎えだな」
「この場では、あれを歓迎と言うんだよ」
しばらく間があった。
「普通なら、黙るか怒るかだな」
「笑って受け流せれば上等だ」
「場を壊さずに引き分けなら十分だろ」
「でも、あの人は引き分けにしなかった」
「勝ったのか?」
一人がしばし考えてから、首を振った。
「勝ったというより、ルールの方に名前をつけた」
「ルール?」
「自分を皿に載せていた連中ごと、食卓と呼んだんだよ」
誰かが、低い声で笑った。
「怖いな」
「ああ。しかも笑顔でな」
「小熊が静かだったわけだ」
「自分が何を連れてきたのか、あいつだけ先にわかってたんじゃないか?」
「それなら止めろよ」
「止められると思うか?」
答えは返ってこなかった。
〈女性陣の方では、お嬢さんの言葉そのものが話題になっていた〉
「鳥って、人間とは目のつくりが違うんですって」
「遠くまで見える、という話?」
「ええ。私たちには見えていないものを見ながら、姿を隠して鳴き交わしている」
「綺麗なお話ね」
「途中まではね」
「途中まで?」
「あの方、最後に言ったでしょう。可憐な肉食の生き物たち、って」
「ああ」
そこで、何人かが静かになった。
鳥は可憐だ。
声は美しい。
枝に止まる姿も愛らしい。
けれど、虫も肉も食べる。
見下ろしながら鳴く彼らが、何を見て、何を話しているのか、人間にはわからない。
「新しい方々は、鳥の話として聞いていたわね」
「ええ。綺麗な比喩だと思ったでしょう」
「古い方々は?」
「自分たちの話だとわかったのよ」
「まあ」
「あの場にいる人間だって同じでしょう。綺麗に着飾って、笑いながら、人の噂を食べる」
「お嬢さんも、その一人?」
「もちろん」
「では、自分のことまで含めて名付けたのね」
「だから通ったのよ。他人だけを肉食扱いしたのなら、ただの嫌味でしょう?」
「自分も食卓に着いていると認めたうえで、言ったのね」
「ええ。包丁を持って」
「比喩よね?」
「どちらかしら」
笑いが起こった。
けれど怯えを含んだそれは、先ほどより小さかった。
〈その夜に名付けられたのは、食卓だけではなかった〉
「あの夜いちばん値の張る名前は、何だったと思う?」
「『さえずりの食卓』でしょう?」
「いいえ」
「では『名付け鳥』?」
「それも違うわ」
古参は声を落とした。
「『森番』よ」
「どうして?」
「誰が森番かを知っている人間が、まだ少ないから」
「名は、広まるほど値が上がるんじゃないの?」
「ものによるわ。広まって価値が出る名もあれば、持っている人間が少ないほど価値のある名もあるの」
森番という役職が生まれたことだけは、少しずつ外へ漏れた。
けれど、それが誰なのかを知っている者は限られていた。
森番の名付けに立ち会った者。
その場にいた者から、慎重に教えられた者。
あるいは、本当に森番を必要とする案件を持ち込み、その顔を通された者
名前そのものより、名前と顔を結びつけられることに価値があった。




