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あれの話、あるいは過積載メンヘラジジイの独白

 あれの産みの母親は自殺しようとした。


 少なくとも何かから、逃げようとした。

 心当たりはある。

 どうも聞かされていた、らしいからな。


 幸か不幸か、まだ生きている。

 だが目覚めるあてはない。

 

 あれはまだ腹にいたが、生き延びた。

 生命力はあるようだ。

 だから、もう少し育てることにした。




 あれが母だと思ってるのは祖母になるな。

 花を活けるのが上手い。

 手に職があるのは良かった。

 

 あれとは血は繋がっているが、あれは彼女の子ではない。

 ん? あれの父親は、俺の息子で、彼女の夫だから、どうなるんだ?

 

 まぁいい。面倒だ。

 どうせ腹の中に戻れる生き物なんていない。


 例えどれだけ本人が望んだとしてもな。


 あれは生みの母を姉だと思ってる。

 歳の離れた姉。

 俺は爺さんと呼ばれて、それで問題ない。


 だが、あれはまだ知らない。

 ないないにしたからな。




 それよりも重要なのは、二人の母はあれを受け入れていた、ということだ。


 両方だ両方。

 全部だ全部。


 だが混ざった。

 混ざって、失った。


 だから残された方の母親は、いつもの手順を行った。

 花の手順を、行おうとした。


 自分の娘が自殺未遂を起こし、眠ったまま。

 さらに遅くにできた、自分の最後の子供が死んだばかりだった。


 だから娘の第一子であり、早くにできた孫を、息子として可愛がった。

 腹の中にいたあれに、自分の息子の名前で呼びかけるくらいには。


 流石に止めたが、もう聞かれていただろう。

 名前の恨みは恐ろしいぞ。

 一発で修羅場行きだ。

 俺が保証する。

 あれが女じゃなくて良かったな。


 つまり、この家の嫁としては良かったが、あれの母親としては線が細すぎたということだ。


 ま、文化財を破壊する子供なんて、育てにくい部類ではあるのは間違いないか。


 ふふふ。

 一番、血の濃いやつが箱を破壊したか。

 それが答えだろう。

 死ぬ前に知れて良かった。


 あれは、お人形ではなかった。

 だから結局、俺のところに来た。




 八か九かそこいらあたり。

 引き取ってからしばらくして、お前は俺の屋敷から抜け出した。


 熱を出して、寝込んでいたんだったか。

 夜に離れに様子を見に行ったら、いなかった。


 薬が効いたのか、あるいは効きすぎたのか。

 熱が引かず何かを追いかけたのかもな。


 案外、花でも探しに行ったのかもしれない。

 と、あれの書いた感想文を思い出しながら、探しに出た。


 庭が広くて途方に暮れたのか、裸足で足が痛かったのか。

 池の前でしゃがみ込んで、鯉を見ていた。


 鯉はもう人の姿を見ただけで寄って来る。

 無数の口が水面からのぞいていた。


「そいつら、けっこうなんでも食うぞ」


 と声をかけたら、


「じゃあ、餌やりをする」


 と返ってきた。

 何が、じゃあ、なのかはわからないが、面白かったので鯉の餌やりは、あれの仕事にすることにした。


 鯉は餌をやりすぎても死ぬ。

 難しくて、めんどうで、薄情で、なかなかいいだろう?




 手帳を見られた。

 あれはさすがに嫌な顔をして


「採点するならせめて加点式にしろ」


 と言った。

 お前は生まれた時からマイナスなんだ。

 むしろそのまま生きてこれたのは、大したものだ。


 竜頭蛇尾にはならなかった。

 それだけは俺も安堵しているんだ。


 ま、お前はこれをするなよ。

 人間にはするな。


 ん?あれにはするのかって?

 あれが、本当に人間だと思うか?




 女装したお前が、あんなに仕上がっているとは思わなかった。

 学校の文化祭の、まぁ見せ物だ。

 だが、そういうのは事前に言え。

 一瞬、誰かわからず、写真を撮りそうになっただろう。


「あんたの嫌いな女に似てたか?」


 と生意気に言っていたな。

 手を上げてしまったが、こちらの心情は気取られずに済んだ。

 お前は自分のことになると、少し鈍い。




 二度目の家出はロードレーサーだったな。

 県境の山を越えて、さらにその先の海岸線で保護された。


 十時間も走れば二百キロ先へ行ける。

 計算は合っている。

 普通は、その前にやめる。

 だが腹ペコで動けなくなったというのは、お前らしい。


「もし動けたならフェリーに乗船するつもりだった」


 と聞いた時は笑ってしまった。


 だが


「海は海上保安庁の管轄だ」


 と続けられて、むせた。




 家の中があるなら、外も存在する。

 境界を跨ぐ時、必ず摩擦が発生する。

 身体の急所の多くは関節にあり、機械の故障も接続箇所で多発する。


 致命傷ではない。

 だが動きが鈍る。


 たとえ自分が動けなくとも、摩耗を誘発させることができれば、時間を稼ぐことができる。


 この時こちら側の摩耗とは何だったか。

 山、海、県、管轄、引き継ぎ、そして恩だ。

 俺に恩を売りたい奴であればあるほど、自分の影響力の範囲で躍起になる。


 対するお前は何だった?

 家、坂、風、雨、金、体力だ。

 単純だな。

 しかもいくつかは、使い方によっては武器だ。

 とりあえず次は補給を持て。




 次の時代、か。

 お前は聞いてないと言うだろうな。

 俺だって聞いてない。


 コンピューターの中身が、部品を替えるたび拒否反応を起こす内臓みたいな進化をするとは、思うわけないだろ。

 さらに今度は基本ソフトだアプリだと、機械のメンタルまで面倒を見ないといけないのか。


 インターネットに繋がってないと、正しいプログラムが手に入らない?

 なんだ?機械にもあの世があるのか。

 墓石の中身も、あそこまで複雑じゃないぞ。


 流石にここまで手間のかかる代物だとは思ってなかった。

 これの世話が次の時代の仕事か。




 いずれ、お前は調べるだろうな。

 一切合切、全部だ。


 なんと言っても、情報という名のあの世に接続できる。

 しかも、お前は墓石の構造も理解できる。


 作れる、動かせる、直せる、読める。

 なら、調べるなんて簡単だろう。


 俺が死んだ時か、女が出来た時か。

 暇になった時というのも、あり得るな。

 手が空いた時、何か探し物、調べ物をするのは悪い癖だ。


 まぁ、知ったからと言って、お前は変わらない。

 変わるのは、知られるとマズい奴らだけだろう。




 家が残るか、血が残るか。

 どちらかが残ればそれでいい。




 ただし、家は弱いもののためにあり、研究は強者の論理に物申すためにある。

 それだけは忘れるな。


 ま、再分配を怠った今となっては言い訳か。

 お前は、女を見る目だけは養っとけよ。

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