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十一幕 想定外、あるいは恨み

 一方、後ろの男はキャタピラを肩で、彼の体重を全身で受け止めていた。


 頭部でなければ有効打にならない、と組みつきに変更したのは自分の意思だ。

 相手の体重が自分に乗ってくるリスクも想定内。


 しかし追い詰めたと判断した方向から、さらに重量のある物体が突っ込んでくるとは思ってもいなかった。


 キャタピラは停止していたから、回転物による負傷は免れた。

 だが床に叩きつけられ、背骨が軋む。


 男が自分を押しつぶす圧力から逃れようと、悶えた。


 パニックというほど、余裕のある行動ではなかった。

 ただ反射的な動作だった。

 とにかく苦しみから解放されたかった。


 それがせっかく捕らえた獲物を、解放することになってもだ。


 力任せに押しのけられ、肉からプロペラが抜ける。

 ドローンから引き剥がされた彼が、床を転がる。

 痛みと衝撃に悲鳴をあげたかったが、叶わなかった。


 とにかく肺を膨らませないといけない。


 滲む視界がカーテンを捉える。


 ただならぬ音に、隠れていた彼女が顔を出した。

 負傷した彼を見つけて、飛び出してくる。


 それでも左右の確認を忘れない。


 彼の傍に彼女が膝をつく。


「手、どけて」


 ハンカチを取り出し、三角に折りながら言う。


 彼が傷を押さえていた手を退けると、血が溢れてくる。

 破片が残っていないか確認後、ハンカチをそこに当てがう。

 ぐるりと一巡させ、傷口に圧力がかかるように結ぶ。

 止血に躊躇は禁物。


「指は動く?」


 彼は流石に呻きつつも、親指から小指まで折り曲げる。

 腕の筋に違和感があった。

 キャタピラに轢かれた場所だから、中がどうなっているかはわからない。


 しかし指は動いた。


「また入ってきた」


 彼女が窓に目をやりつつ、驚いた声を出す。

 それでもハンカチの結び目を締める手は止めない。


 彼も首だけ動かして、先ほどまで必死に攻城していた設備を見る。

 冬の冷たい風が、埃と砂の匂いと共に、室内に流れ込んできていた。


 その機体はその流れに乗るように、ゆっくりと窓枠を潜り抜けようとする。

 剥き出しになった四枚のプロペラの一つが、残ったガラス片を引っ掛けて、バランスを崩しかける。


 が、立て直す。

 二度目のインシデントは回避できたようだ。


 彼を含め、部屋の中の空気が緩む。

 一瞬だけだったが。


「……追従、してくるんだ」


 一機目に、というのは省略したし、呼吸の合間の酷い声だったが、彼女には通じたようだ。


「味方ならいい」


 そのドローンが室内に入り切ったところで、彼は指元から待機指示を出す。

 最後の一機は、これで外に留まるはずだ。

 室内の一機も、同じ指示を受け取ったはず。


 だがここでの待機は、ただ浮いていればいい、というものではなかった。


 散乱した家具。

 天井の照明と梁。

 舞い上がる埃と破片。

 窓から吹き込むみぞれ雪。


 そして、動く人間。


  それらと接触することは、許されなかった。


 モーター音を響かせ、プロペラとセンサーが回る。

 緑と黄と赤のランプが、状況に応じて明滅する。


 外部に自身の状況を伝えるためだが、それを読み解ける人間は、自分の身体を動けるよう処理するので手一杯だった。


 その彼が彼女の手を借り、立ち上がる。


 もちろんドローンは避ける。


 ふらつきながらも窓に駆け寄る二人に道を譲ると、自然と部屋の中央に移動することになった。


 食卓があった。


 けれどドローンはそう認識しない。

 テーブル、いや障害物として処理し、停止。


 天井との距離を測る。

 壁を見る。


「撮られてる!」


 半透明のドームに囲まれたカメラが、そちらに展開される。


 聞こえたからではない。

 人間らしき輪郭が、近づいてくるのを認識したからだ。


 動いていたら、それを避ける。

 距離を取る。


 中央から部屋の奥へ。

 その認識はなかったが。


 その時、地面にあった障害物が悲鳴をあげた。

 倒され、昏倒していた男のうちの一人だった。


 昏倒していた。

 つまり動いていなかった。

 だからドローンはそれを、人間だと認識していなかった。

 人の形をした、ただの障害物。


 ドローンは驚いた。

 その障害物が、急に身じろぎして後ずさるものだから、驚いた。

 それは赤いランプの激しい光と警報音、そして回避動作の中断という形で表現された。


 もちろんホバリングは維持したまま。

 誰も傷つけてはいない。

 むしろ、それをしないための行動だった。


 そんなドローンに椅子が叩きつけられた。


 先ほど追いかけてきた人間の仕業だったが、壁にぶつかり、床に落下したため、それ以上はわからなかった。


 プロペラとカメラが破損した。

 もう飛べない。


 けれど電気系統とバッテリー、電子回路は残っている。

 取得できる情報は断片しかなく、不完全だった。

 しかしそれでもドローンは、待機、という指示を、まだ実行可能だと判断した。


 モーターが空回りし、苦しそうに床を抉る。

 割れたカメラが恨みがましく、人間を見る。


 そう、見えた。


 そしてそれは、その男の危機感を刺激した。

 勇敢さも。


 男が駆け寄り、ドローンの本体を掴む。

 重いのか軽いのかは、わからないが、色々なものがまだ駆動しているのは感じた。


 鳥肌がたった。

 それを早く手放し、可能であれば、沈黙するところを見る必要があった。


 そしてそこに暖炉があった。

 引き寄せられる。

 炎が暖かく、手招きしているように見えた。


 意味のある行動ではなかった。

 強いていうなら、人間としての本能。

 あるいは、いつもの手順。


 投げ込まれたドローンが、炎を一瞬だけ押しつぶす。


 けれどすぐに、ぐにゃりと歪み始める。


 黒煙と喉を溶かすような悪臭。

 その二つまでは、男でも経験があった。


 しかし破裂音とスパーク、熱風は想像の外側だった。


 驚き狼狽えてよろめく。

 よろめきつつ距離を取ろうと身体を反転させるが、顔はまだ暖炉を視認したままだった。

 だからその先にあったテーブルに気づかずに、激突した。


 振動が壁に伝わる。


 何故?

 乱闘が始まった直後に押されたテーブルが壁にぶつかり、そのままにされていたからだ。


 テーブルセットをし直す指示は、誰も受けていない。


 だから消毒用アルコールがテーブルの上で倒れていても、誰も元に戻さなかった。

 脚を伝わり落ち、床の溝に沿って流れ染み込んでいてもだ。


 暖炉の中でバッテリーがさらに爆ぜる。


 その火種がアルコールに飛ぶのと、衝撃を受けた壁が崩れるのは、ほぼ同時だった。


 アルコールを伝って青い炎が床を走るのも、机の足を登って赤い炎に変わるのも。


 崩れた壁の瓦礫が非常口を塞ぐのも、それに人間が一人埋もれるのも。

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