六幕 血統、あるいは食材
私の仕事、料理人なんです。
お料理のコツって、何だと思います?
愛情。
真心。
感謝。
そういう言葉も、もちろん嫌いではありません。
けれどお客さまを招いて、お料理でお金をいただくなら、大事なのは味の均一化と再現性です。
昨日おいしかったものが、今日もおいしいこと。
あの人に出したものと、この人に出したものが、同じ料理であること。
もちろん、完璧にはできません。
気温も湿度も違います。
火の入り方も、その日の食材の状態で変わります。
お客さまの体調によって、味の感じ方が変わることもあります。
だから注文があれば変えます。
常連さんが、今日は少し薄めで、とおっしゃるなら薄めにします。
苦手なものがあれば抜きます。
体調に合わせて、軽くすることもあります。
それは注文です。
けれど、こちらが勝手にお客さまを見て、味を変えるのは違います。
この人には濃く。
この人には薄く。
この人には上等に。
この人には粗末に。
そうやって、こちらの都合で皿の中身を変えはじめたら、信用が汚れます。
お客さまに出す料理は、まず同じでなければいけない。
同じであろうとしなければいけない。
その前提があって、ようやく個別の注文を受けられる。
日替わり定食とかシェフの気まぐれハンバーグ、みたいな演出と差別化も、その信用の上に成り立っているんです。
一番難しいのは、食材です。
当たり前ですけど、食材はみんな生ものです。
野菜も、肉も、魚も。
生きていたものです。
個体差があります。
形も、味も、香りも、水分も、脂も、全部違います。
それを切り分けて、混ぜて、火を通して、口に入れられる状態にする。
でも調理技術だけで再現性を守るには、限界があります。
だから生産者の方にも、ご協力いただくわけです。
毒がないこと。
傷んでいないこと。
形が揃っていること。
味が安定していること。
必要な栄養があること。
必要な時に手に入ること。
お野菜も。
もちろん、お肉も。
その再現性のことを、品種とか、血統って言うんです。
残酷ですか?
ええ、残酷だと思います。
でも、ご飯が足りなくて、お腹が空いて、死んでしまうよりはいい。
たとえ余剰が出て、捨ててしまうことになってもです。
野菜も病気になります。
家畜も病気になります。
天候で駄目になることもあります。
育たないこともあります。
だから、足りないよりは、多く作るんです。
たとえ、命でも。
足りない苦しみよりは、捨てる残酷さを取る。
人間が餓死するよりは、その方がいい。
ひもじくて、寒くて、苦しくて。
眩暈がして、震えて、吐き気がして。
身体が凹んで、もう膨らまなくなって、自分で自分を内側から溶かしながら死ぬ。
それよりかは、よっぽどマシなわけです。
そうやって、食卓は安定してきたんです。
でもね。
それは、食材の話なんです。
品種とか、血統とか、そういう言葉を使うなら、食べる覚悟くらいは持っておいた方がいいと思います。
食べるあてもないなら、生き物にそれをやらない方がいい。
ましてや人間なんかに、ね。
それに管理したいのであれば、飢えさせてはいけません。
畜産は、たしかに残酷な現場です。
でも管理している間は、飢えさせません。
餌をやる。
水をやる。
痩せていないか見る。
病気ではないか見る。
それをしないなら、管理ではなく放置です。
ただ檻の中に閉じ込めて、生き残った個体にラベルを貼っているだけ。
あなたたち、ちゃんと彼を食べてあげる気だったんですか?
ね?小熊ちゃん?あなたの話よ?
どうして、よそ見をしてるの?




