三幕 演目、あるいは事務処理
祖父の葬式の時、彼に「お母さんは元気かね?」と聞いた親戚の老人がいた。
母の目の前でだ。
病院関係者なのだと、後に聞いた。
認知症だったとも。
調べない理由にはならなかった。
「俺が養子だったのは知ってた。娘にできた、父親の分からない子供を引き取ったんだと」
家と生母を調べれば、父親の存在も見えてくるはずだと思っていた。
けれど、調べても調べても、不自然なほどに姿が見えない。
それこそ、本当に存在しないかのように。
「最近は、子供の遺伝子から両親の情報までかなり絞れる。望んでなくても、知ることになる場合がある」
存在しないということは、あり得なかった。
であれば精子バンクか、あるいは内側にいるかだ。
「……何が分かった」
父の声は淡々としていた。
「少なくとも、両親同士に親子関係がある。該当するのは、あんたしかいない」
最初から内側にいて、最初から同じ席に座る。
正しい席と役割が一致していれば、演じる役もシンプルだ。
少なくとも不自然ではない。
事実確認だけでも、演目になる。
「禁じられているのは婚姻だけだ」
「当時、相手は未成年のはずだ」
「もう時効だ」
「詳しいな」
「計算をしただけだ」
「刑事事件の話をしに来たんじゃない。家庭裁判所に資料を出す」
「遺書もない。本人も何も訴えていない」
「本当になかったのか?」
この質問は父だけに向けたものではなかった。
視界の端で、誰かのカトラリーが鳴る。
「事故だった」
その音に気づいたのは彼だけではなかったようだ。
父の声はそれをかき消すような響きだ。
「どっちの話だ」
「両方だ」
「……じゃあ、なぜ俺を堕ろさせなかった」
彼の声にも彩度はない。
「お前は、自分を被害者にしたいのか」
「いや。俺は被害者じゃない」
警察の協力者に、一度だけ相談というよりは、確認作業をしたことがあった。
「お前に相談されていた件だが、やはり事件化は難しい」
「生きた客観的証拠が目の前にいるのにか?」
「確定情報はお前の遺伝子の中の話だけだ。過程の証明にはならない」
客観的証拠があるからといって、時効を消せばいい話でもなかった。
昔、記憶だけで掘り返して、死人まで出た国がある。
「お前は目撃者ではないし、被害者でもない」
お前を被害者にすると、優生思想の足がかりになる。
それでも客観的証拠は証拠だった。
ならば事務的に処理できる場に持ち出す。
事務処理ならば可能だ。
「被害者としての証拠はない。籍を直したいだけだ」
家がやったことを、中央システムに刻み残すには、もうこれしかない。
「認知したところで、今と何も変わらない」
「そうだな。あんたは、席がどうなっても父親のままだ」
それなのに、あまり呼んだことはないな、と思った。
ただそれは案外、普通のことなのかもしれない。
特に父親と息子であれば。
「だが他の人間は違う。こうも席がグラグラだと、誰をなんと呼んでいいのかすら分からない」
「お前が、もう少し家に寄りついていたなら、違った」
どういう意味かは、なんとなくわかった。
だが意図がよくわからない。
だから
「そうか」
とだけ答えた。
それを聞いて、父が重く息を吐いた。
「今は返事を出せない」
「返事は必要ない。手間をかけさせるな、とだけ言いにきた」
「家のことだ。影響範囲の確認とタイミングの調整はするべきだ」
内部告発で揺れた家。
流出したデータと人材。
切られた親族と株主。
空白の席の一部は、檻の中。
その代わりに流れ込んでくるのは、法とマスコミ。
その渦中に家系図の大幅な変更。
家の中だけではない。
すでに外に流通している情報も、大きく揺れる。
下敷きになる範囲が決定するまでは、動かすべきではない。
嘘か本当かは重要ではない。
どちらでも人は死ぬ。
彼もそれには頷いた。
「できるだけ早く頼む」
「私が死ぬ前に、か?」
「彼女と結婚したいから、だ」
隣に座る彼女が、彼の横顔を見る。
彼はそれを見ていないが、それでも彼女はほんの少しだけ微笑んだ。
「彼女のご両親にも報告しないといけない」
「亡くなっていると聞いたが」
「雑にしていい理由になるのか?」
「……お前がそこまで義理堅いとは思ってなかった」
やはり彼には父の言葉はよくわからない。
だからもう一度、そうか、と言った。




