一皿目 お許し、あるいは火炙りの話
社交界、と言うよりも、ご婦人のあの場が「炙り出し舞台」と呼ばれ出したのは、いつ頃からだっただろうか。
最初にその名を聞いた時、魔女狩りを連想した。
火を囲む群衆。
罵る者。
笑う者。
怯える者。
目を逸らす者。
そして、その目の逸らし方まで見ている者。
火炙りにされないためには、どうすればいいのか。
ひとつは、率先して石を投げること。
もうひとつは、自分より先に、誰かを薪へくべること。
噂話は、そのための火種になる。
この舞台を誰が名付けたのかは知らない。
ただその人物は、きっと最初に火炙りにされたのではないかと思う。
魔女というものは、たぶん一番、名付け上手だから。
今夜も社交場はエレガンスに悪趣味だ。
「そろそろ今日も噂を味見しましょうか」
「まあ、物騒」
「ええ。でも、あの人もあの噂も、もう少し切り分けたほうが見やすいでしょう?」
「それで今夜は何を乗せるの?」
「最近お戻りになったでしょう。あの小熊くん」
「お嬢さんも一緒に?」
「ええ。ついでに、あの喫茶店の匂いまで連れて」
その時、入り口の方で、ほんの少しだけ音がやんだ。
二人が入ってきたのだ。
いつも通りだった。
少なくとも、そう見えるように入ってきた。
彼は少しだけ眠そうな顔をしていて、お嬢さんはいつものように穏やかに笑っている。
並んでいると、二人は不思議と話しかけづらかった。
誰もすぐには近づかない。
視線だけが先に動く。
「……本当に戻ってきたのね」
「夜逃げではなかったの?」
「逃げたにしては、堂々としているわ」
「小熊くん、少し雰囲気が変わった?」
「隣にいると、なおさら話しかけづらいわね」
軽い声だった。
軽い声に聞こえるよう、選ばれた声だった。
噂が聞こえた時点で、彼は少しだけ息を吐く。
話題に上るということは、ご婦人のお赦しは、出たということだ。
少なくとも、お嬢さんの席は残っている。
自分の席は、なくなるかもしれない。
この場を使った自覚はあった。
実家の裏を調べるために、ここで拾った声もある。
ご婦人の客の裏を見たこともある。
必要なら、少しだけ手を出したことも。
もちろん、ご婦人の皿に落ちたものを処理したこともある。
けれど、それで帳消しになるとは思っていない。
だから自分の席はいい。
残るなら残る。
消されるなら、それは仕方ない。
けれど、お嬢さんの席だけは違う。
彼女の席だけは残さなければならなかった。
この場に彼女の席があるなら、肉の仕事も、喫茶店の仕事も、ご婦人がどうにかする。
皿に乗せられることと、許されることは同じではない。
それでも、皿に乗るということは、まだ食卓に席があるということだった。
場の顔ぶれは少し変わっている。
見慣れない者がいる。
見慣れたはずの者も、立ち位置を変えている。
二人でいる間は、誰も踏み込んでこない。
しかし彼女が離れる瞬間を待っている目がある。
それは感じた。
「少し、ご挨拶してくるね」
お嬢さんがそう言った。
いつもの流れだった。
彼女は女性たちの輪へ行き、彼は少し離れて、場を見る。
いつも通り。
そういうことにしておく。
「行ってこい」
「はいな」
お嬢さんは、まるで何も知らないみたいな顔で笑った。
もちろん、知らないはずがなかった。
お嬢さんが女性たちの輪へ歩いていく。
その後ろ姿を見て、嫌だと思った。
また皿に乗せられる。
きれいな声で切られて、柔らかい笑顔で味を見られる。
それでも、少しだけほっとした。
彼女は歩いている。
背筋を伸ばして、いつもの速さで、いつもの顔で。
ほとんど無傷で、ここへ戻ってきた。
ほとんど、という言葉を付けたくはなかった。
けれどゼロにはできなかった。
それはわかっている。
自分の分は、数えない。
それは今回の条件に入っていない。




