七箱目 討伐、あるいは召喚
「だから親に確認するなら、その日に唄箱のテストを行う予定だったのか、だけでいい」
「わかった。ただ口を割らなかったらどうする?」
「それならそれで、口止めされている可能性が高いな」
予定されたテストで、祖父がそれを知っていた場合、子供が死んだのは監督不行届だ。
流石にそれを知っていたなら、自分の孫は外す。
だが知らなかった場合、故意であろうと、事故であろうと、祖父が原因になった人物に手を出さないとは思えない。
目的も手段も、複数用意するのが、あの男だ。
風見鳥の家には、人材を引き取り恩を売る。
立ち会った人間には、ラベルという弱みを握る。
唄箱を歌わせた人間には、スカウトという名目を与える。
そうやって自分の場に連れていく。
連れて行った後は、わからない。
「返答次第では、俺の方でも家を調べる」
「何を?」
「祖父が連れて行った人間が、本当に生き残ったのか」
「……お前、自分の実家だぞ?」
「自分の家だからだ」
孫が犠牲になった。
ならばやはり、ないないになった可能性が高い。
それを聞いた風見鳥は、実はな、と頬を引き攣らせながら言った。
「お前の家とは連絡をとるな、って言われてたんだ」
彼が呆れたようにため息をついたのを見て、お前の家には連絡してないぞ、と言い訳をする。
「お前個人はもうドロップアウトしてるから、ノーカンだろう」
「それは、そうだが……」
風見鳥が笑う。
「お、認めたな」
「実態はそれに近くても、周りがそう見るとは限らないだろう」
「やっぱバレるかな?」
「地獄耳はどこにでもいる」
「ならあの箱、どうするべきだと思う?」
風見鳥は途方にくれていたが、彼は即答した。
「信頼のおける研究機関か、どこか大学へ引き渡せ」
昔の貝毒みたいなものだ。
貝毒は、火を通しても消えない。
昔から食べているから安全、という理屈も通じない。
一度無事だったから、次も平気だという保証もない。
家柄も、伝統も、だいたい似たようなものだ。
昔は食べないと、生き残れなかったかもしれない。
頼らないと、維持できなかったのかもしれない。
でも今は違う。
子供が死んだ。
だから、違うだろ。
きちんと手順を踏んで、安全に管理されたもの以外、子供に食べさせてはいけない。
だから、それをするために、調べて保管するべきだ。
とその後に、家で管理する気がないのならな、と付け足した。
「お前の実家の研究所は無理か?」
「……これまでの話の流れで、聞くのか?」
「やっぱそうだよな」
「今はかなり行き詰まってるらしいしな」
「……それだけか?」
「爺さんはもういない」
価値をつけるのは結構だが、上がりすぎた後に待ってるのは、急落だけだぞ。
その舵取りができる人間がいないんだ。
悪いことは言わないから、やめておけ。
「箱の価値が下がるのか?」
「あんたの信用が下がるんだ」
選民装置として売り込みたいなら、止めないが。
と彼が言うと、お前んち、そこまでヤバいのかと風見鳥は苦笑いをした。
「箱以外も欲しがるから、気をつけろ」
「この名簿か」
「そうだ。特に今回の名簿は、あんたの家以外の情報も載ってた」
この地域コミュニティーで共有していた名簿。
一部の人間にしか聞こえない音。
それを聞き分けられる一族のリスト。
「今はその名簿の方が価値が高い」
実態が怪しい研究機関、選民ビジネス、カルト宗教、詐欺。
リストに載った一族が、自衛できるとは限らない。
しかもそれがデジタルネットワークに流れた場合、回収するのは困難だ。
人間の記憶は当事者が死んだら、消える。
口語も薄れる。
けれどデジタルは違う。
新たな情報で上書きされるまで、どこかに痕跡が残り続ける。
「相手の目的を見分ける方法は?」
「知らん。だが俺の家が接触してきたら、爺さんの名前を出してでも追い払え」
「それ大丈夫か?」
「あいつが広げっぱなしにした風呂敷だ。畳み方に文句を言われる筋合いはない」
勘弁してくれ、と風見鳥の男が空を仰ぐ。
それから魔法の言葉をつぶやいた。
「困った時の社交界」
それを聞いた彼がすかさず言う。
「困った人間の方が多いぞ」
「だったらもう、ご婦人を召喚することにする」
「それは……まぁ、いいんじゃないか」
「そうか?信用してんのか」
「……唄箱を見て、まだ探してるのか、と言っていた」
風見鳥の男が真顔になる。
「それどこで?」
「爺さんの葬式の時だ」
『貝』まで空いた唄箱が、会場に置いてあった。
「蓋がなくなった途端、これだ」
「お前んちやっぱやべえな」
「閉めてはおいたがな」
「閉めただけか?」
「さすがに、もう子供じゃない」
風見鳥がニヤリ、とした。
小熊の彼が、しまった、と顔を顰める。
「子供の頃は、お前も聞こえたんだな」
「……あの時は、うるさかった」
「うるさいから?」
「……他の子供も泣いていた」
「どうやって止めたんだ?」
「……子供の頃は、今より低血糖になりやすかった」
だから、持っていたジュースを箱の中に……。
創業者一族の子供だからといって、特別扱いして、そんな文化財の置いてある部屋に、ジュースの持ち込みなんて許すからだ。
訴えてもやめなかった奴らが悪い。
さすがにかなり怒られたし、出禁になったが……。
早口に言い訳する彼を見て、風見鳥の男が堪えきれず、大声で笑い出す。
「ミミック討伐のプロじゃないか!」
さすが勇者!!
といつもの雑な命名で締めくくった。
その後、音の収録を行った。
大人なら認識できるであろう『鳥』の音を二人で聞いた。
耳の裏側で何かが低く共鳴する。
その振動の隙間を縫うように、高く細い音が時おり揺れた。
静かな部屋なら気づくかもしれない。
エアコンが動いていたら、聞き流してしまいそうな音だった。
風見鳥の男はその音を
「高音域を鳴らし損ねたリコーダーの音」
と表現していたので、聞こえ方の個人差は大きそうだった。
そしてやはり『魚』も『貝』の音も二人とも聞こえなかった。
ただマイクから収録した波形には、微かな揺らぎがあった。
収穫は大きかった。
『貝』の音が鳴る可能性のある箱。
そして、その音を聞き分けた子供の痕跡。
頭部のレントゲン写真なら、まだ残っているかもしれない。
母は死んだ子供を、たいそう愛していたからだ。
俺を、その代わりにするくらいには。




