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六箱目 価値、あるいは商売相手

「その日、唄箱が開いた理由だけどな」


 風見鳥が言いづらそうに切り出した。


 そして記憶を辿りながら、続ける。


 今日みたいに蔵の整理をやってたのは、俺も覚えてる。

 もっともっと大規模で、いろんな人間が出入りしてた。

 今思うと、蔵の中の物を少し餞別として渡してた可能性もある。

 その後に、家で雇ってた使用人の数も減ったし、ここでもリストラやってたんだろうな。


 そんな状況であの音と事故だ。

 混乱してた。


「親に確認してみる。悪いが、すぐには無理だ」

「深入りはしなくていい」


 小熊の彼は、その言葉を遮った。


「おおよその見当はつく」


 子供が死んだあの日、ここには名家と良家の人間がいた、ということになる。

 そしてどちらも「ラベルを張っていい」というラベルが貼られた者たちだ。


 彼らはそのラベルを貼る作業をしていた。


 一つの家の仕分け整理を。

 蔵と、家と、仕事と、役割と、人を。

 子供を連れて、楽しそうに。


 そう見える。

 たとえそれが、彼らの食い扶持を確保するためだったとしても。


「そう見える、か。確かにな」


 風見鳥が歪んだ笑みを口元に浮かべた。

 何か思い当たる節があるのだろう。

 何故なら風見鳥は選ばれた側だから。


 小熊の彼は続けた。


 そして選ばれた人間がいたとしたら、選ばれなかった人間も必ず存在する。

 実際はただその場に適性がなかっただけだ。


 だが人間はそのことよりも、貼られたラベルを優先する。

 自分が並べなかった棚を見上げてしまう。


 もし誰かが、棚の分類が『選ばれた血』ではなく、ただの聴覚検査と職業訓練の結果だった、と暴こうとしたら。


 その検査を、実演してやったとしたら?


 剥がれ落ちたラベルを拾い集めて、ノートに貼れば、リストが完成する。


 そのリストに載った人間たちは、唄箱を自分たちから遠ざけた。

 海外の王室の多くが、遺伝子検査を拒んでいるように。

 気づかれないように、思い出さないように。


 あるいはまさにそのリストを使って、その場で取引があったのかもしれない。


 小熊の彼の脳裏で祖父が笑った。


「それなら俺の家が、人材を多くスカウトできた理由も、説明できるな」


 事故であろうと、悲劇であろうと、あの男なら利用する。

 自分の孫が、それで命を落としていたとしてもだ。


 子供一人の命という代償に見合うのかは、わからない。


 風見鳥の家にとって、それが「恩人の孫を奪ってしまった」という宿罪に見合う償いだったのかも、わからない。


 ただその時、新しく生成されたリストは、その場に立ち会った人間の脳を経由して、外に持ち出すことができる。


 悪趣味でスキャンダラスで、一定層には極めて美味な酒の肴だ。


 なら、リストに載らなかった名前は?

 剥がれなかったラベルには、どんな価値がある?


 そのリストを欲しがるのは誰だ?


 剥がれても、剥がれなくても、そのラベルには付加価値がつく。

 どこまでも狙われる。


 なら、それも追わなくてはならない。


「全て推論だな」


 風見鳥の言葉に小熊の彼も頷く。


「ああ。だがもし唄箱のテスト中の事故なら、音がなる順番は今日と同じ、『鶏』が初手だ」

「確かに……あの日は『貝』が鳴ってから『魚』だったぞ」


 小熊の彼が、黒いクッション材を風見鳥の前に掲げた。

 それは法螺貝を出す時に蓋を支え、そして法螺貝の座布団として使用したクッション材だ。


「法螺貝を取り出す時は箱の外に落ちたが、もしこれが内側に落ちていたらどうだ?」


 箱の中に入っていたなら、法螺貝の代わりに共鳴を吸収して、『鶏』の音は鳴らない。


 そして『貝』の位置まで蓋を開け、その隙間からクッション材を抜けば、『貝』の音だけを鳴らすことは可能だ。


 もちろん手拭いなどでいい。


 つまり技術的には、意図的に再現できる。


「蝶番はメンテナンスされていたから、箱の構造に詳しい人間がいたとしてもおかしくない」


 風見鳥はふむ、と顎に手をやって考える。


「もっと単純に、最初から箱の中に法螺貝が入ってなかった可能性は?」


 手に持っていた名簿のページを、パラパラと捲る。


「名簿にある『唄』が『貝』の音だとすると、選民テストとしては法螺貝の謎解きは必要ないだろ」

「そうだな」


 と小熊の彼があっさりと認める。


「まさにそれが他の唄箱から、法螺貝やそれに準ずる物が発見されてこなかった理由だろう」


 だが現に法螺貝が残っていた。

 封をされていた蜜蝋などの状態から、最近のものではない。


 とはいえ箱と同じ年齢の法螺貝でもないのだろう。

 名簿の記載を信じるなら、一度、破壊されているはずだ。


 そこからわざわざ新しく法螺貝を用意して、セキュリティーの機能を箱に残した。


 選民装置として成り下がる一歩手前で、封じた誰かがいた。

 風見鳥の一族には存在した。


 だから唄箱と法螺貝はそのままの形で、蔵に残された。


 祖父もまた、箱には手を出さなかった。


 利用価値がないと判断したのだろう。

 あの男の商売相手はいつも時代だ。


 選民に価値のある時代は確かにあった。

 だがその価値は所詮は人間の物差しだ。


 時代が求めたわけではない。

 その時代に生きた人間の価値観というだけだ。


 時代は変わる。

 だが、去る時に別れを告げたりはしない。


 時代に声はない。

 いくら耳が良くても、聞こえない。


 そのせいで戦争で負けた。


 だから今を『見る』必要がある。


 祖父は、そう言っていた。


 思い込みも、推論も同じだ。

 だからなおのこと、確認しなければならない。

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