五箱目 名簿、あるいは爺さんの手腕
「うちの爺さんも来てたと言ってたな」
「ああ。これを取りに来てたのかな?」
「何かわかったか?」
「何だろうな。子供の記録なのは確かっぽいんだけど」
わかりやすいのはこの辺かな。
と二冊ほど帳面を開き、指差す。
○○家 長男 十五歳
・鶏を認識
・鍵の所在を把握
・帳簿搬出 七十五秒
・火災訓練 一回
・跡継ぎ候補
○○家 次女 十四歳
・貝を認識
・調合書搬出 良
・毒物棚確認 済
・患者名簿封印 済
・継承可
○○家 嫡男 十六歳
・非常時判断 優
・巻貝破壊 可
・村印搬出 優
・避難誘導 可
・家督候補
○○家 弟子 三年目
・箱構造理解 良
・修繕技術 可
・蝶番交換 優
・錠前交換 可
・独立許可
○○家 長女 十四歳
・唄を認識
・帳簿搬出 優
・幼児保護 優
・判断冷静
〈備考〉
○○家当主より高評価
△△家より後見依頼あり
継承候補として再確認
○○家 長女 十五歳
・唄を認識
・鍵所在 失念
・口外あり
・継承保留
〈備考〉
当面記録のみ保存
婚約案件見送り
○○家 長男 十五歳
・唄を認識
・構造理解あり
・協調性良好
・跡取り候補
〈備考〉
○○家へ紹介済
△△家より婚約打診あり
□□家にて再試験予定
本人には未通知
「あの箱を使って、テストしてたんじゃないかって、俺は思う」
あの箱には普通の人間には聞こえない音が鳴る。
それが聴こえるかどうか。
聞こえた時にどうするか。
箱の中身を取り出せるか。
鍵をどうやって出すのか。
最後の引き出しまで辿り着けるのか。
「いや」
彼が首を傾げる。
「それだったら、もっと評価項目が統一されているだろう」
確かに試していたかもしれないが、もっと職業適性評価に近い雰囲気がある。
「特にこの、十六歳の子供」
と名簿を指差す。
音への能力への言及がない。
さらに巻貝の破壊なんて、減点対象になりそうなものなのに、総合的にはかなりの高評価だ。
荒っぽくても非常時の判断が良く、それが家督に向いてると判断されている。
例えば軍や警察関係の家だったのかもしれないな。
あと他の人物も、唄箱とは関係のないチェック項目がある。
「だが確かに途中からはフォーマットが同じになっている」
意図的に、何かを探すために、記録をつけている。
前半は何ができたかを記録している。
後半は何ができなかったかを記録している。
総合的な加点方式から、唄箱を使った減点方式に切り替わった。
そういう印象を受けた。
「そこから、箱の用途が変わってことか?」
「ああ。子供の記録しかなかったのが、他人の意図が備考に入り始めてる」
箱は変わらない。
唄う音色も変わらない。
だが、
中に入れる物が変わった。
蓋を開ける理由が変わった。
手順が変わった。
目的が変わった。
そうなると
結果が変わる。
求められる結果を出せる子供と、出せない子供が出来上がる。
結果を出せた子供に箔がつく。
箔がつけば需要が生まれる。
本人の知らないところで。
そこまで聞いて風見鳥が言葉を選びながら言った。
「選民リスト、か」
珍しく、歯切れが悪い。
「かもな」
「お前の爺さんは、これが欲しかったのか?」
「それは……考えにくいな」
あの男は、何があろうとも、目的の物は必ずむしり取っていくタイプだ。
だから、これが残っているということは、目的は別にあったということだ。
「それに過去のもう死んだ人間に、興味を持つとも考えにくい」
名簿に記された年号、日時に目を落とす。
世代的には、自分たちよりも三代以上は昔。
曾祖父・曾祖母よりも上の世代だ
……この箱の記録としては、だが。
「あの男が欲しがるのは、新しい仕事になるものだ」
低く断言する彼の声に、風見鳥は声だけは明るくして言った。
「まぁ、たしかに新しい物好きな爺さんだったよな」
内緒でラムネを買ってくれたし、蔵なんかそっちのけで、ゲームの話とか色々と聞かれた。
モンスターを交換できる、というシステムを知って、純粋に驚いてたな。
ついでにバグでモンスターをコピーできるって話をしたら
「自分から自分の価値を下げるようなことをするな」
って言われたっけ。
自分しか持ってないから、チヤホヤされるんだぞって。
手放さないといけないなら、高値をつけろ。
もしくはこれから価値の出るものと、交換しろ。
どうやったらそれがわかるのかって?
簡単だ。
自分の目で見て、自分で価値をつける側にまわれ。
それから自分で選んだものが、価値が出るように働け。
だとさ。
「そのあと長々と語ってたぞ」
いいか、今お前が持ってる一番いいモンスターと、相手が持ってる弱くて育てにくいやつを交換するんだ。
まずここで恩が売れるだろ。
で、お前はそのモンスターを強くなるまで育てる。
ついでに特殊な技とかを覚えさせる。
弱っちいモンスターが特殊な技で、それこそお前が交換してやった強いモンスターを倒したら面白いに決まってる。
これも簡単だぞ。
強いと言っても、元々はお前のモンスターなんだ。
弱点なんて知ってるだろう?
そういう風に育てろ。
それが成功したら、みんなそれを欲しがるぞ。
その時に、一番、高値をつけてくれるやつに、それを売るんだ。
ああ、育て方を教えるのもいいな。
売っても減らない。
価値が下がるのだけ難点だが……。
まぁ、とにかく、そうやって小遣いを稼げ。
それで次の最新作を買え。
誰よりも早く、だ。
親を頼るな。
一番、早く、手に入れるからいいんだ。
親なんかテストの後にしか、買ってくれないだろう?
テストされる前に、手に入れろ。
「これ要するに、デジタルデータを子供でも交換できるようになったから、市場ができる前に参入しろって話じゃないか」
と思い出しながら、風見鳥は喉の奥で笑った。
しかも、モンスターを売るだけじゃない。
育て方まで売れって……。
ビジネスモデルの話を、小学生相手にしてたのか。
「……お前の爺さんからすると、唄箱よりもゲームのモンスターの方が、将来性のある仕事だったんだな」
そして、俺の家はそれが見極められなかった、と風見鳥は続けた。
「俺の家は不景気の時に人を切り捨てた」
そうやって身軽になって、生き延びた。
その時に、切り捨てた社員やら職人やらを引き受けたのが、お前の家だったんだ。
俺の祖父母は感謝してた。
で、その後、お前の家はまた業績を伸ばしただろう。
親とかは結構、悔しがってたんだぜ。
だから、お前の爺さんは有言実行したんだろうな。
ああ、なるほど、と風見鳥の男は自分の言葉に頷いた。
「きっと弱っちいモンスターを受け取りにきたんだな」
目のいい爺さんだったんだな。
「そう思わされただけだろ」
彼は吐き捨てるように言った。
目は良いが、耳は悪い。
聞こえすぎるのも考えものだ、と言って、補聴器をつけるのを拒んでいた。
判断が鈍る、とのことだった。
そんなんだから、人を死なせるんだろう。
気づかなかったことの言い訳が欲しいだけだ。
だから、気づいた人間が犠牲になる。
聞こえる人間が病む。
補聴器の件で口論になった時に言われたことを思い出す。
情報なんて、聞こえる奴に集めさせたらいい。
人間の言葉が判別できたら十分だ。
なんなら向こうから勝手に持ってくるしな。
ええ?周りにイエスマンしかいなくなったらどうするって?
お前、自分自身ががそんなタマだと思ってるのか?
いつも俺に都合の悪い、耳の痛い話を持ってくるじゃないか。
楽しいだろう?
そのままで、いろ。
「逃げ道を塞いで、使っていただけだ」
「そうか」
「引き取った人間だって、潰れたやつは大勢いた」
「知ってるよ」
「子供が死んだって、反省なんかしない」
たまたま、俺が、死ななかっただけだ。
「お前が死ななくてよかったよ」
と風見鳥が笑った。
「こうやって宝探しできたしな」
小熊の彼は答えなかった。




