四箱目 卵、あるいは交換履歴
文字を見る前に昼飯だ!
と風見鳥が高らかに宣言し、蔵の外で休憩となった。
昼食はもちろん、喫茶Somaのメニュー。
厚焼きたまごサンドの和風。
新作の照り焼きチキンサンド。
デザートの、小倉バターサンドだ。
コーヒも魔法瓶の水筒でたっぷりと用意してある。
うまかった。
厚焼きたまごサンドは言わずもがな、チキンサンドはジューシーで意外にもフルーティーな味わいだった。
ソースに、りんごが使われているらしい。
惣菜系サンドで腹を満たし、小倉バターの糖質で脳を溶かした後、コーヒーとタバコでしめる。
大人の男の不健康ピクニックだ。
空に浮かんでいる雲を、タバコの煙越しに二人で観察する。
風見鳥が口を開いた。
「そういや、あの音、あの箱のだったんだな。昔聞いた時もびびったが、すごかったな」
「ああ……ん?以前も鳴ったことがあるのか?」
「お前もいたんだぞ?小学生の時だったかな。お前はどうだったっけ?爺さんに連れられて、遊びに来たの覚えてないのか?」
「いや、待て、うちの爺さんもいたのか?」
「ああ。なんか書類かなんかを受け取りに来てたらしい」
いや、他にも子供も、大人も来てた。
と風見鳥が記憶を辿る。
そうそう、あの時もちょうど、こんな感じで、昼飯を食ってたんだっけな。
お前、変な音がするって、ずっと言っててな。
俺は聞こえなかったが、今思うと、『貝』の音が聞こえたんだな。
そうやって不安がってて、それに当てられたのか、俺も何か聞こえるようになって、そうか、あれが子供なら聞こえる『魚』の音か。
でもその後にだんだん音が大きくなっていって……で、あの『鶏』が鳴って、音に驚いて道路に飛び出して行って、大変だったんだぞ。
俺は俺で動けなくなるし、救急車も来てな。
まぁ、あの事故だったら、ショックで覚えてないかもな。
家同士もあれから疎遠になっちまったけど、社交界でお前を見た時、安心したんだ。
何にも言ってこないから薄情な奴だと思ってたが、覚えてなかったんなら仕方ないな。
小熊の彼が低い声で否定をした。
「……俺じゃない」
「はぁ?いやいや。一緒に遊んだろ」
「子供の時に救急車に乗った記憶はない」
「頭打って、忘れたんじゃないのか?」
「証拠あるのか?俺がここに来た証拠」
「あ、ゲームした」
ちょっと待ってろ、と風見鳥が蔵へ戻っていく。
少しして、段ボール箱をガチャガチャ言わせながら戻ってきた。
「ほら。懐かしいだろ?」
と携帯ゲーム機を取り出す。
グレーのボディーに二つのボタンに十字キー。
カラー画面ですらなく、電池式で、子供が携帯するには、かなり重いハードだ。
眉間に皺を寄せる小熊の彼をよそに、風見鳥の男はやや興奮して続けた。
モンスター集めるやつ!
しかも交換すると喧嘩になるやつ!!
一時期ハード同士をつなげる線が品薄でさ。
ゲームよりも手に入らなかったっけ。
あとリアルイベントに参加すると、レアモンスターが貰えるなんて、当時、斬新だったよな。
お前とも交換したんだぞ。
ま、バグ技で無理やりコピーしたんだけどな。
小熊の彼が力無く、首を振る。
「確かにそのゲームで遊んだことはあるが、初代じゃない」
「……シリーズ間違えてないか?」
「俺の頃は、もうハードが違った」
そんなバグ技はなかったし、モンスター交換も無線だった。
はっきりと否定され、風見鳥の男は首を傾げた。
「いや、おかしいな。名前も同じだったはず」
「……同じような名前の子供がいた」
事故死したと聞いた。
と続いた言葉に風見鳥は絶句する。
それを見て彼が、まだ決まってない、とゲーム機を受け取った。
「俺じゃないと思うが、その子供とも限らない」
別の子供かもしれないし、ただの思い違いの可能性もある。
ちょっとゲームの中身見てもいいか?
あんたの話が本当なら、交換した個体の情報が残っているかもしれない。
持ってきていたバッグを探り、必要な機材を取りだす。
「古いゲームだぞ。そんなの残ってるか?」
「初代なら逆に可能性がある。データが今よりも軽いからな」
初めての作業というわけではなかった。
蔵の整理ではレトロゲーム絡みの仕事も少なくはない。
手早くハードからゲームカートリッジを抜き、金メッキの接続部分を確認する。
「さすがプロだな」
「データーが残っているなら、専用のガジェットとフリーソフトがあれば吸い出せる」
何種類かコネクターの雄が付いた基盤に、ゲームのカセットを接続しながら彼が言った。
「バグがデーターにどれだけダメージを入れているかにもよる。少し時間をくれ」
「わかった。こっちはこの秘密のノートを見てみるわ」
昔のは難しいが、最近のなら名前くらいはわかるだろ。
タイピング音と紙を捲る音が、沈黙の中に流れる。
デジタルとアナログ。
どちらも名前を吸い出す作業だった。
セーブデータの吸い出し。
劣化したデータの復元。
CRCエラー。
ビット欠け。
残ったデータの規則性と、別領域の複製を照合。
欠けた名前を、一文字ずつ拾い直していく。
パソコン画面に、通信交換の記録が並び始める。
交換日時、モンスターの名前、元の持ち主を示す識別番号。
ところどころ欠損しているが、いくつかは読み取れた。
家族の名前、あだ名、飼っていたペットの名前、近所の店のキャラクター名。
どれも見覚えのあるものだった。
そして『弟』と書かれたモンスターの卵。
らしいな、と思った。
一度も会ったことは無いのに。
けれど、俺は弟じゃない。
正確には甥だ。
「確定したか?」
「ああ」
「やっぱり、兄貴か?」
彼は答えなかったが、風見鳥はその沈黙を、肯定の意味と捉えたようだった。
そりゃ、疎遠になるはずだと唸るように言ったあと、パソコンの画面を覗く。
モンスターの名前の一覧を見て、何かを思い出したように、彼の肩を叩く。
「あ、その卵な、返せって」
バグ技でコピーしただけだって言っても、なかなか納得してくれなくてな。
弟が生まれるって、言ってたな。
お前のことだろう?
と風見鳥が言うも、彼はそれにも返事はしない。
「……そのバグのせいで、パラメーターが壊れてる」
「まぁ、そのへんは、ご愛嬌だ」
「愛嬌でゲームがクラッシュしたら、世話ないな」
孵化させなくて、良かったんじゃないか。
流石に風見鳥もため息をつき、そういうことは言うな、と軽く彼の頭を小突いた。




