三箱目 二枚舌、あるいはあやし方
「外の様子はどうだ?」
蔵に戻ってきた風見鳥に、小熊の彼が聞いた。
「特に問題なさそうだった」
パトカーのサイレンが聞こえたから、焦ったな、と風見鳥は肩をすくめる。
「今日は家の人間も出払ってるから、静かなもんだ」
「そうか。蔵の方も異常はなさそうだ」
彼は床に置いたパソコンの側に片膝を立てて、腰を下ろしている。
先ほどの『鶏』の音の波形を確認しているようだ。
その画面を見下ろしながら、風見鳥が自分の頬をさする。
「しかし、あれが警報の音か。親知らず発見装置として論文書けそうだぞ」
「俺はこめかみのところが、まだ痺れてる」
「けど外には、あんまり漏れてないのは何故だ?」
警報の意味あるのか?
という疑問に小熊の彼が答える。
「現代は人が密集しすぎていて、騒がしいんだ」
車や電車、飛行機、室外機……現代は生活音が多すぎて、うまく広がらないらしい。
唄箱が廃れた理由のうちの一つだ。
あとはやはり、庭の外壁がよくなってる。
リフォームしただろ?
と続けられて、風見鳥の男は頷いた。
「なるほど。箱が作られた時代よりも、建築物の素材がよくなってるんだな」
「そういうことだ」
「俺たちが大ダメージ喰らったのは、蔵は古い時代のままだったからか」
「だから録音も、うまくいくかと思っていたんだが……」
「流石にあの音は拾ってるか?」
彼は頷いた。
「ああ。だが他の音は、俺たちの出す音にかき消されてるな」
「やっぱり、繊細な音ではあるんだな」
「最後でいいから、もう一度、録音にトライさせてくれ」
「もちろんだ。そういえば……」
風見鳥が何かを思い出したように辺りを見回し、彼が指差す。
箱の中から救出した法螺貝が、クッション材の上に置かれている。
四十センチは超えているだろうか。
よく磨かれていて、艶やかに光って美しい。
ライトの光ではわからなかったが、膜が張っているような透明感がある。
持ち上げてみると、やはりずっしりと重かった。
「それを取り出したせいで、中の共鳴が変わり、本来の役目を取り戻して箱が泣いたんだろう」
資料の中だけの話だと思っていた。
まさか現存しているとはな。
と眉を顰める彼を慰めるためか、風見鳥の男が軽口を叩く。
「びっくりしたな。流石、日本版ミミックだ」
貝は風見鳥の腕の中で、大人しくしている。
妙に腕の中に収まりがいい。
思わず、怖かったですねぇ、と赤ん坊にするように貝をあやした。
その声に応じるように、貝の中で、カラン、と音がした。
「何か食ってんのか?」
貝を振ると、カラン、カラン、と確かに返事がある。
今度は大きな貝の口から手を入れてみる。
グッと奥に指を入れ、突き当たりで曲げた瞬間、ザラリとした感覚が、指先に当たった。
覚えがある。
猫の舌、みたいな。
思わず悲鳴を上げた。
「小熊!なんかいる!!」
思い切り胸に貝を押し付けられ、彼が顔をしかめる。
「大声を出すな。まだ頭が痛い」
ライトで貝の口から中を覗く、奥の曲がった先に何かあるのはわかるが、目視はできない。
工具箱から先が曲がったペンチを取り出し、口から入れる。
先端で探ってみると、確かにゴツゴツとした部分と、少し柔らかい部分がある。
おおよその予測はついている。
蜜蝋か何かで蓋がしてあるのだ。
蜜蝋部分をペンチで摘み、慎重に引っ張ると、ゴソリ、という音と共に栓が出てきた。
まだ柔らかい。
薄黄色の蝋にサザエの蓋が、何枚か沈んでいた。
「剣山じゃなくてよかったな」
と彼がそれを見せながら、いい気味だと笑った。
ざらざらとした棘の感覚の正体はそれだったのだ。
「ご先祖様、性格悪すぎだろ」
風見鳥は法螺貝を返してもらいつつ言う。
苦虫というよりは、サザエの黒いところを食べた時のような顔。
「でも、中にまだいるんだよな?」
「ああ。わざわざ蓋をしてあるということは、誰かが何かを入れた」
「ブタ貯金箱みたいに割ったらダメか?」
「お前のところの資産だから、好きにすればいいが」
無傷な方が、価値は上がるぞ、と小熊の彼は続けた。
だよな、と呟いて、風見鳥の男は貝をクルクルと回し始めた。
鍵を出すには、口を下にして、縦を保持したまま、横方向に回さないといけない。
ツルツルとした表面は、指から逃れようとして、何度か落としかける。
どこかに置いて回せばいいのかもしれないが、貝が破損しそうであり、逆に鋭利な貝の口がその相手を削りそうでもあった。
しかもカラカラと螺旋を降りてくる音は、妙に耳に引っかかり、こめかみが緊張する。
丸い形ではないのだろう、時々、内部で引っかかって、なかなか落ちてこない。
こんだけ苦労してるんだから、きっとお宝に違いない。
と最後はもう意地だった。
二人で交代しつつ、何回か回したあと、ようやくそれは口に滑り落ちてきた。
風見鳥はそれを見て、天井を仰いだ。
「また、貝かよ」
出てきたのは鍵だった。
ただ鍵の持ち手に、今度は小さな二枚貝がついている。
小熊の彼がそれを手に取り、まずは貝を観察する。
内側が外を向いている。
ほのかにピンクに色付いたそれは、絵こそ描いてないが、膠か何かでコーティングされているようだ。
「どこかにスペアあったな」
「はぁ?なんでわかるんだ?」
「二枚貝は対になってるものだろ」
「ただの嫌がらせ的な装飾とか」
「だったら、わざわざ内側を外には向けない。合わせる相手がいる」
家探しと謎解きと、どっちが良かったかはわからないが。
と続けた彼に、ここまできて、分岐があるなんて、と風見鳥の男は頭を掻く。
ヘルメットに拒まれたが。
「で、どこの鍵だ?」
「……唄箱のありがちな構造なんだが」
小熊の彼が、箱の裏に周る。
ライトに照らし出された箱の下部に鍵穴がある。
凝った細工のせいで、わかりにくいが、よく見ると、引き出しのような隙間も確認することができた。
「なるほど。箱が二部構造になってるんだな」
「ああ。鍵は鍵穴から遠ざけてしまえば無意味だ」
「だから万が一、上の箱から鍵を盗った人間がいたとしても、警報に驚いて逃げて、遠くに運んでくれるってわけか」
「しかも、その法螺貝自体も重くて、音が鳴る」
「壊したら、その音で人がさらに寄ってくる」
「鍵に貝がついてたら、この箱の鍵だろうと、思い至る奴もいるかもしれない」
「なら、しばらく蔵と箱を見張っておいたら、戻ってきたそいつを捕まえられる可能性がある」
このセキュリティーシステムを電源不要で実装しているのが、唄箱。
その言葉を聞いて、なるほどと風見鳥の男は頷いた。
「そりゃ、お前の家が研究するはずだわ」
二枚舌のミミックとホラ吹きの鍵守り、だな。
と鍵を受け取りながら笑う。
あくまで箱の宝を解放するのは持ち主の役目。
箱と蔵の壁の隙間に上半身をねじ込んで、手を伸ばす。
だが鍵を差し込もうとした時、風見鳥の動きがピタリ、と止まった。
「この鍵穴、ダミーの可能性とかあるんじゃないか?」
また警報が鳴ったらまずいだろ。
と背後にいるであろう小熊の彼に聞く。
彼が学習したな、と薄く笑う気配。
「大丈夫だ」
「何で言い切れる?」
「どんなに頑丈なオートロックでも、万が一の時は内側から開くようにできてるだろう」
例えば火事の時に箱の警報なんか気にするか?
鳴ったとしてもすぐに蓋を閉じればいい。
緊急事態なんだから、法螺貝なんてどうでもいいだろうしな。
割って、中の鍵を取り出して、この引き出しを開ける。
その時に、鍵穴が見つけられない、もしくは複数あるとか、ただのインシデントだろ。
「これだけのセキュリティーを作れる職人が、そんな設計ミスをすると思うか?」
さらに、これ以上のギミックを施すのは、鳴り物としては難しいんだ。
ピアノに引き出しはないだろう?
その説明を背中に受けながら、風見鳥の男は唸る。
「……そこは親切設計なんだな」
「ああ」
「で、それだけ重要な物が入ってる、っと」
鍵を差し込んで回す。
いくら説得力があっても怖いものは怖い。
カチャリ、と音がした瞬間、緊張はした。
けれどそれだけだった。
これも刻まれた文様の窪みを、取手がわりに、引き出しを引く。
白い埃と、古い香りが、かすかに舞った。
そこに入っていたのは帳面だった。
表紙には何の表題もない。
全て薄茶色で、ところどころ変色している。
和綴じに使われている糸の色のみ、帳面によって違いがあった。
風見鳥が一冊を手に取り、何枚か慎重に捲る。
二人とも古い文字は専門外だが、内容は読み取れた。
生まれて、一番、最初に与えられるであろう、言葉が並んでいる。
「……名簿だな」
『名前』が記されていた。




