一箱目 蔵整理、あるいはサイドビジネス
コトリバコね。
彼からその箱の話を聞いた時、うっかり口に出してしまった。
私が生まれたところでは、セオリー・オブ・オカルト。
口に出すのも憚られる、グロテスクな類の怖い話ね。
けれど彼は知らないようで、眉間に皺を寄せる。
おそらく脳内で漢字へ変換している。
「『子取り箱』か」
少し考えてから、彼は私を見た。
「そっちには、そういう怪談があるのか?」
「ええ。伝承というよりは、都市伝説ね」
「そうか」
彼は小さく息を吐いた。
「なら、まだ救いはある」
「?」
「こっちは、まだ怪談になっていない」
少し間を置いて、彼は続けた。
「昔は『子守りの唄箱』と呼ばれていたらしい」
私は言葉を失う。
子守り。
子取り。
たった一文字。
けれど、その一文字が意味するものは、あまりにも違った。
「……昔はどうあれ、今の実態は違うがな」
彼はそう言って、蔵の話を始めた。
古い箱が出た。
『子守りの唄箱』
大きな木製の箱。
内部には複雑な溝や空洞が彫り込まれており、空気が流れ込むことで箱全体が共鳴する。
蓋を開く角度に応じて共鳴する周波数が変化し、最大まで開くと警報のような音を発するものが多い。
箱ごとに音の調律は異なるが、この仕組みだけは共通している。
現在でも旧家の蔵などから見つかることがあるが、その多くは老朽化によって本来の機能を失っている。
一方、外側には美しい彫刻や貝細工が施されているものが多い。
囮のような役割の一種の防犯装置ではなかったか、と考えられている。
個体ごとの構造や音の違いが大きく、すべて木材で作られていること。
そして、調律された音を正確に聞き分けられる人間が、ほとんど存在しないことから、現代でも研究は続けられているものの、完全な再現には至っていない。
そのため、唄箱は現代では失われた木工技術の一つとして知られていた。
「つまりは、超高級なモスキート音発生装置ってやつだな!」
と風見鳥の男――依頼主であり社交界の男性陣の一人――は、古い学校の教科書を読み上げ笑った。
場所は風見鳥の家。
庭の日当たりの良い一角にある蔵の前。
小熊の彼のサイドビジネスのうちの一つ、蔵整理サポートの日だった。
社交界でも蔵整理は人気の依頼だ。
古い家ほど、蔵には厄介事が眠っている。
そして今回の厄介ごとは、木工技術の最高峰とも呼ばれる古い道具。
通称―― 「子守りの唄箱」
それが風見鳥の蔵から発見されたため、調査の依頼が彼に入ったのだ。
「事前知識が雑すぎるだろう」
そう言って、彼は風見鳥にヘルメットを渡す。
彼はもう装着済みだ。
服装も社交界の時とも、喫茶店の時とも違う。
青い化学繊維の作業着。
風見鳥にも同じ作業着を着用させてある。
「ヘルメット、もうちょっと前に被れ。前鍔より外に鼻が出ないようにしろ」
グエっと鳴いたを無視し、無理矢理に位置を変え、顎紐のたるみを調整する。
最後にマスクを手渡し、ヨシっと指差し。
風見鳥にストレッチを命じて、自分は工具を確認する。
しながら気になっていたことを彼が聞く。
「どうして俺にサポートの依頼をした?」
「んん?」
「他にも専門家とかいるだろ」
「いや、ほら他人を蔵のなかに入れるの、なんか嫌なんだ」
と、風見鳥は当たり前のように言った。
「……俺も他人だろ」
「まぁ、そうだけど、昔は家同士、今は社交界で、付き合いがあるわけだしな」
「だとしてもだ」
唄箱の構造そのものは、教科書にも載っている。
箱の中には、何も入っていないことは、わかっているはずだ。
だから、自分一人で箱を開ければいい。
正常に動いたとしても、音が鳴るだけだ。
箱の発見まで達成しておいて、後日わざわざ仕事を依頼するのは、手間がかかりすぎている。
と続けて問うと、風見鳥が腕を伸ばしながら、器用に指を鳴らした。
「一人で開けるなんて、怖すぎだろう!」
もしもの時は囮役よろしく!!
蔵整理が始まった。




