ご婦人の余談、あるいは大好物の話
小熊くんから、出会いの話を聞いたのはずいぶん後になってからだった。
現場で出会ったと言うから、どんな現場か聞いたわ。
まあ。
そんな大冒険をしておいて、よく黙っていられたこと。
現場の話を聞きながら、私は少し笑ってしまった。
だって、ねえ。
社交界の紹介でもない。
学校でも、職場でも、誰かのお膳立てでもない。
あの子が自分で、ちゃんと血肉の側から拾ってきた。
それが一番良かったのよ。
その現場を作った人間たちは、まあ、運がなかったわね。
でも小熊くん、あなたは少し感謝するべきよ。
だって、こんな素敵な出会いを用意してくれたんだから。
あなたはかなり嫌そうな顔をした。
感謝はしない、って即答するのがあなたらしいわ。
でも縁というものは、案外そういうところから来るのよ。
どんな現場にも、花は咲くの。
泥の中にしか咲かない花もある。
あなたたちは、そういう花よ。
厨房に入った時、彼女は泣いていなかったと聞いた。
火は落ちていた。
包丁は布で巻かれていた。
逃げ道になる扉だけが、少し開けてあった。
それを聞いた時、私はすぐにわかったわ。
この子は、できる人間だって。
泣かないのが強さじゃない。
必要な処理をして、逃げ道を確保しておける人間が強いの。
しかも走れます、と答えたんでしょう。
あなた、いい人を拾ってきたじゃない。
あなたが黙っていた気持ちも、まあ、わからなくはないわ。
説明しにくいでしょう。
現場で出会った料理人で、走れますと言った人で、という話を、どこから始めればいいかわからない。
でも、そういうのは早めに言いなさいな。
私ね、ああいう出会いの話が大好物なの。
社交界で紹介された話より、ずっとずっと好き。
汚れたまな板の話ができる人間と、綺麗な皿の話しかできない人間は、違うもの。
あの子は両方できる。
だから信用できる、とあなたが思ったんでしょう。
少し羨ましいとも思ったわ。
私の頃は、ああいう出会い方はしなかった。
社交の場で出会って、社交の言葉で話して、社交の距離を保った。
それはそれで美しいけれど、「走れます」という言葉は、そこからは出てこない。
ねえ、小熊くん。
あなたたち、感謝しなくていいから、大事にしなさいな。
あの出会いは、そんなにたくさんあるものじゃないから。
あなたもわかってると思うけれど。
えええ?
もう懲り懲りですって?
贅沢を言うもんじゃありません。
あとで彼女にその時のことを尋ねてみた。
「小熊くんはカッコよかったでしょう?」
「ええ、もちろん。味見したいと思いましたしね。でもあんなに空腹の小熊ちゃんだとは思ってなかったです」
私は久しぶりに身を折って笑ったわ。
空腹の小熊ちゃん。
どうして気づかなかったのかしら。
あの子そのものじゃない。
いいわ、実に良い。




