噂話 謝肉祭通過者、あるいは謀反
「ねえ、小熊くんがお嬢さんをこの場に連れてきたってことは、ご婦人に顔を通したってことよね」
「それって、どういう意味があるの?」
「あのご婦人に、よ。この場の設計者に」
「うん、だから、それがどうして?」
古参が少し考えてから言った。
「この場で誰かをご婦人に紹介するということは、ご婦人の目に晒すということでしょう」
「それだけ?」
「それだけじゃないのよ。ご婦人が受けるかどうかで、この場での立場が変わるから」
「受けるって?」
「認めるということよ。この場にいていい人間かどうかを、ご婦人が判断する」
「それって、怖くない?」
「怖いわよ。だから普通はしないのよ、そんな簡単に」
「でも小熊くんは、しないわけにもいかなかったんでしょう?」
「そうなの?」
「ご婦人のお気に入りが、自分の人生を変える相手だけ隠したら、それはもう秘密ではないもの」
「秘密じゃないなら?」
「拒絶よ」
「ご婦人を?」
「この場を。自分を見てきたご婦人の目だけは、そこへ入れないという表明になるでしょう」
「それは……まずいわね」
〈男性卓では、かなり実務的な話になっていた〉
「ご婦人に顔を通すって、社交界的にはどういう意味があるんだ?」
「簡単に言うと、お墨付きだな」
「どういうお墨付きだ?」
「この場にいていい人間だ、というご婦人のお墨付き。しかもカップルで来た場合は」
「カップルで来た場合は?」
「この二人は切り離せない、というお墨付きでもある」
「どうしてだ?」
「片方を招待したら、もう片方もついてくる、というのがこの場で認められた、ということだよ」
しばらく間があった。
「そもそも、ここに連れてこない人間も多いだろ」
「多いな。配偶者がいても、恋人がいても、わざわざ顔を通さない」
「隠しているのか?」
「守っている場合もある。この場に出せば、関係まで値踏みされるからな」
「本人だけでは済まなくなる?」
「そういうことだ。別れた時には、どちらが残るかまで噂になる。商売や家の事情に使われることもある。だから、関係を続ける気があっても連れてこない人間はいる」
「じゃあ小熊は、それを承知で?」
「承知しているだろうな。あいつはその手の危険を知らない男じゃない」
「それでも連れてきた」
「だから大きいんだよ」
〈女性陣の方では、少し違う角度の話になっていた〉
「でも、カップルで社交界に来るって、それ自体が一つの表明よね」
「そうなるの?」
「この人と一緒にいます、という表明。しかも社交界という人目のある場で」
「まあ」
「しかもご婦人に顔を通すとなると、この関係性をご婦人に認めてもらうということでしょう」
「それって、すごく重要な手続きなのね」
「社交界では、誰と並んでいるかで見られ方が変わるから」
「あの二人、並んだ時の絵がいいのよね」
「花束みたいでしょう」
「でも会話は物騒なの」
「それがまたいいのよ。見た目と中身の落差が」
「ご婦人、最初から全部わかってたんじゃないかしら」
「何をわかってたの?」
「この二人が並んだ時に何が生まれるか、街で見かけた瞬間にわかったんじゃないかと思って」
「まあ」
「だから今度連れてらっしゃいな、って言ったんでしょう」
「計算してたのかしら」
「計算というより、見えたのよ。ご婦人には」
「だから社交界の化身なのね」
「並んだ二人の意味を、一瞬で読める人なのよ」
〈別の席では、そもそも顔合わせが必要になった理由が話されていた〉
「でも小熊くん、見つかるまでは黙っていたんでしょう?」
「そこはかなり悪い子ね」
「恋人を連れてこない人なんて、ほかにもいるでしょう?」
「普通の方ならね」
「小熊くんは違うの?」
「ご婦人のお気に入りでしょう。しかも、ただ顔がいいだけで置かれている子ではないわ」
「ルースだから?」
「ご婦人が長く見てきたルースが、自分の人生を変える相手だけ隠していたのよ」
「まあ」
「見つからなければ、いつまで黙っているつもりだったのかしらね」
「では、よく許されたわね」
「お嬢さんが、それだけの方だったからでしょう」
「小熊くんを見る試験でもあったのかしら?」
「当然よ。隠していた相手を見れば、その子が何を見てきたのかもわかるもの」
「もし、ご婦人のお眼鏡にかなわなかったら?」
「二人で来て、二人で落ちたでしょうね」
考え込む気配。
「だから顔合わせが避けて通れないのね」
「小熊くんが、何を見てあのお嬢さんを選んだのか。お嬢さんが、何を見て小熊くんの隣に立っているのか。ご婦人は両方知る必要があったのよ」
「でも、普通の顔合わせだったと思います?」
「まさか」
「そうよね。あのご婦人の口から、ドラ息子だとか、結婚はどうするのだとか、早く身を固めろだとか、将来はどうするのだとか。そんな言葉が出るとは思えない」
「あの方の美意識が許さないわ」
「では、何を聞いたの?」
「同じことを、それはそれは美しく追い詰めたのでしょうね」
「あら。恐ろしく、ではなくて?」
「その二つは、きっと同じなのよ」
「ご婦人の場合は、ね」
「だから料理と馬と血の話?」
「借り物の言葉では答えられない話を選んだ」
「ずいぶん厳しいのね」
「隠していた期間の分まで、一晩で見たのよ」
「それは謝肉祭と呼ばれても仕方ないわね」
「呼び方は最悪だけれどね」
〈そのまた別の席では、勇者という言葉の話になっていた〉
「でも勇者って、小熊くん嫌がってるでしょう?」
「そうらしいわよ」
「なんで?」
「退治する側じゃないと思ってるんじゃないかしら」
「どういう意味?」
「勇者って退治する側でしょう。でもあの子、どちらかというと退治される側の気配があるもの」
「まあ」
「しかも謝肉祭を通過した、って言い方も気に入らないらしいの」
「なんで?」
「通過したというより、何とか生き延びた、という感覚が正確なんでしょうね」
「それはそれで正直ね」
「でも男の方々には、それが勇者に見えるのよ」
「語彙の問題ね」
「悪意はないのよ、きっと」
「それが余計に困るわね」
「ほんとうに」
〈後日、噂として広まっていた〉
「ねえ、謝肉祭通過者の勇者、最近どうしてるの?」
「喫茶店を開いたらしいわよ」
「まあ」
「お嬢さんと暮らし始めた頃から、開店の準備をしていたんですって」
「では、ご婦人に見つかる前から?」
「店を直して、二人で働く場所まで作っていたらしいわ」
「それで、一人で社交界に来ていたの?」
「何度も」
顔を見合わせた。
「それって、魔王城から勝手にお姫様を救い出して、勝手に結婚して、勝手に城下町でお店を開くって言ってるようなものじゃない」
「で、バレたから報告しますって」
「謀反よ、謀反」
「謝って済む問題じゃないわ」
「よく追放されなかったわね」
「お嬢さんが百点だったからでしょう」
「小熊くんの方は?」
「女を見る目だけは、満点だったのよ」
「それでご婦人が、客として来るんですって」
「それは大変ね」
「でも、お嬢さんがいるから何とかなるんじゃないかしら」
「料理人が腕ききなのよね」
「馬を見る目も、血の色を決める目も、あるらしいし」
しばらく誰も何も言わなかった。
それから一人が静かに言った。
「……やっぱり勇者は正しかったのかもしれないわね」
「語彙は最悪だけど」
「語彙は最悪だけど、ね」




