その10
そんな状態のリアが正気に戻るまで数分の時間を要した。正気に戻ったリアは机の上に置かれている紙の存在に気がついた。
「何描いてたの?」
その言葉にアサヒは机の方へと向き直った。頭から離れてしまったアサヒの体温を少しさみしく思いつつも、リアもそちらを見る。
「これ? 宿屋のお客さん向けに、どんな料理が出るのかをわかりやすく説明するためのイラストを描いてるんだよ」
リアは全身鎧を操作して自分の身体を机の上まで降ろさせた。机の上に降り立ったリアが、絨毯のような大きさのそれを見下ろす。
「へぇ、なかなかうまく描けてるんじゃない? 見直したわ」
「あはは、ありがと。これでも一応プロの漫画家だからね」
とはいえ、自分のイラストを褒められるのは悪い気持ちではない。
だが、彼が今悩んでいることをリアは鋭く感じ取っていた。
「どうしたの? なんかヘンじゃない? 悩み事?」
その指摘にアサヒはさすが鋭いなと思い、素直に話すことにした。別に隠すようなことでもない。
「リアはさ、このイラスト見てどう思う?」
「え? さっきも言ったけど、うまく描けてると思うわよ」
「いや、そうじゃなくて、イラストというか――料理としてどう思う?」
「ああ、そういうこと」
そう言ってリアは足元に広がるイラストをじっと見る。そこには野菜を蒸したものや色とりどりの果物、温かそうなスープにこんがり焼けたパンまで、色とりどりの料理が並んでいた。
「この料理、肉がないのよ。やっぱり肉がないと食べた気にならないわよね」
こんな手のひらサイズながら、リアは結構な健啖家である。全身鎧を着込んでバクバクと食べるのだ。まがりなりにも成人男性であるアサヒよりも多く食べる。
「あ、でも……」
リアの表情が曇った。とある事実に気がついたのだ。そしてそれこそが目下アサヒを悩ませている事実である。
「そうなんだよ。この世界に家畜はいないんだ」
家畜についても作物と同じ事が起こっていた。
より厄介なのは、保存状態さえ良ければ作物の種は何百年もの保存が効く事に対し、家畜はどうにもならないということだ。
種と同じように外の世界から持ち込めば家畜は育つだろうが、それに先立つものもなければ伝手もない。
「それは厄介ね。それで、なにかいいアイデアはないの?」
「うーん、今のところはこれといった解決策はないんだよね。元の世界には野菜しか食べない人向けのメニューとかあるんだけど、僕はそういうの知らないし。リアはどういうメニューだったら満足する?」
「なによそれ、あたしがまるで無類の肉好きみたいじゃないの」
無類の肉好きだと思うけどなぁと出会ってから数ヶ月のリアの食事事情を見て思うが、アサヒにはそれを口にしないだけの分別はあった。
「でもそうねえ……。味が濃くて食べごたえがあって、ガツンとパワーが出せるようなおかずがあれば満足するかもしれないわね」
魔法って頭使うから結構パワー消耗するのよねと付け加えた。
「あー。そういえば大豆を肉みたいに見せる料理とかあったなぁ」
「へぇ、いいじゃないの。今度食べさせなさいよ」
やっぱり無類の肉好きじゃないかと思った。




