その9
「あ――――、もう疲れた!」
その夜、リアが部屋に入るやいなやベッドに倒れ込んだ。木枠に藁を敷き詰めてシーツを張ったベッドがリアの全身鎧を優しく受け止める。
「いや、ここ僕の部屋なんだけど」
「魔法が使えるのがあたしだけだからって、こき使い過ぎなのよ、あの現場監督!」
ベッドに顔を押し付けた全身鎧が、アサヒの抗議を無視して不満を漏らした。
リアは今、魔術師の力を利用して、アンデッドでは不可能だったり難しい大規模な作業を請け負っている。具体的には建設のための石材を切り出したり、不必要な廃墟を吹き飛ばしたりしている。
先日開通した、石材を石切場から街まで運んでくる運河はリアの仕事の大きな成果であった。
「まあ、でもリアじゃないとできない仕事だから」
アサヒは部屋に備え付けの机で何やら書き仕事をしている。
新作の絵コンテ作業――お忘れの方もいらっしゃると思うが、彼は現役の少女漫画家なのだ――ではない。宿屋がオープンした時用の食事のメニュー用イラストを描いているのだ。
「えー、でも、もうちょっと感謝してくれてもいいと思うわけよ。あの現場監督なんかさ、『はい、次はそっち。次はこっち』みたいな感じで感謝のかの字もないのよ」
「そんなことないよ。みんな感謝してるよ」
「え、ホントかしら。あんたはどう思ってんのよ?」
「え?」
イラストとにらめっこしながら適当に返していたら、こっちに飛び火した。
「も、もちろん、感謝してるよ。ほら、リアがいなければこの世界でどうしたらいいか全然わかんなかったし、〈スラーヴァ〉のお城でもこの世界のお城でも助けてもらってるし」
「ホントかしら? なーんか取ってつけた感じがするのよねぇ」
図星だった。リアの不意打ちに思わず口数が多くなってしまった自覚はある。
だが、アサヒは努めてそれを表に出さないようにした。がんばった。
果たしてそれは成功した。リアはアサヒの動揺に気がついた様子はない。
「ま、いいわ。感謝してるならそれを態度に出してくれてもいいのよ?」
「態度って?」
それまで机の上に目を落としていたアサヒが振り返ると、ベッドで寝転がっていたはずのリアはいつの間にかアサヒのすぐ隣まで来ていた。
「そ、そりゃあ……感謝の言葉とか、あ……頭を撫でたりとか?」
このときのアサヒはイラストのことで頭が一杯でリアの話もあまり頭に入っていなかった。
だから普段では絶対にしないようなことをよく考えもしないでやってしまった。
「そうだね」
アサヒは傍らに立つ全身鎧の頭に手を伸ばす。
「…………っ!」
全身鎧が一瞬ビクリと肩を震わせたが、アサヒはそれに気づかずその頭に手を当てる。
そのまま手を兜に添わせるように左右に動かして――
「いつもありがとう。感謝してるよ」
だが――
「ちょ、ちょっと待って!」
カチャリという音を出して、中からプラチナブロンドの美少女――リアの本体が現れた。
「?」
「その……鎧越しじゃなくて、ちょ……直接撫でてほしい……なんてね?」
口から心臓が飛び出るような緊張感で、清水ならぬ鎧の兜から飛び降りる気持ちで言ってみたのだが――
「あ、うん」
こともなげに了承の意が帰ってきて、その手がリアの頭に伸びる。
手のひらで撫でるには手のひらサイズのリアはいささか小さすぎるので、人差し指で優しく撫でる。柔らかな髪がふわりと弾力を発揮してリアの頭に優しい感触を伝える。
(はわほわはにゅはにゃ〜〜〜〜〜ん……♡)
それまで自分の心臓の音で何も聞こえなかった程なのだが、その瞬間、すべての音が消えて暖かくて幸せな感情だけがリアを支配していく。




