その4
「お互い武器をなくしたところで、この辺で手打ちにしない?」
全身鎧の提案に、勇者は不敵な笑みを浮かべる。もはやどちらが勇者なのかわからない。
「誰が、何をなくしたって?」
勇者が突き刺さった細剣を抜いて手を大きく広げると、彼の肩口からは再び蔓が伸びてきて新たな世界樹の剣を生成した。
「はぁ……厄介な武器ね」
反ミスリルの鎧を易々と斬る攻撃力、アダマンタイトの剣を折るほどの強さに加え、何度でも再生する。これを厄介と言わずしてなんと言おうか。
「ならこっちも」
全身鎧が右の手のひらを上にかざすと、まるで最初からそこにあったかのように分厚い本が現れた。漆黒の皮の表紙に金色の縁取りがなされているが、それ以外の装飾はなく、題名も書かれていない。
「なんだそれ? そんなもんでぶん殴ってもノーダメだよ、ノーダメ」
フレスベルグが世界樹の剣を肩にかついで挑発するが、全身鎧は逆に、
「ふっ。あんたにはこれがなんだかわかんないでしょうね。読書なんてしない脳筋だものね」
と挑発し返す。
「テメエ……やっぱ殺す」
「まあこわい。殺すなんて世界の中心たる世界樹の勇者が言っていい言葉なワケ?」
「テメエ……」
「あらどうしたの? だんだん言葉数が少なくなってきてるけど?」
「…………」
さらに挑発を重ねる全身鎧。勇者の顔はますます険しくなり、怒りで赤くなっていた。全身鎧の顔を凝視している。
「まあ、あんたはもうちょっと読書でもして世界のことを知るべきね。だから騙されるのよ。無知で世間知らずだもん、あんた」
全身鎧は先ほど勇者を怒らせた言葉を敢えて使ってみせた。
(もうそろそろね……)
笑みがこぼれたが、この全身鎧ではそれを敵に悟られないのは大きなメリットのひとつだった。
『フレスベルグ。あなたはもっと世界を知らなければなりません』
彼が幼少の頃よりすごした世界樹ユグドラシルのもとより旅立つきっかけとなった養母の言葉が脳裏に蘇った。
旅立ってからもう一年になる。さまざまな世界を巡り、困った人を助け、悪を成敗してきた。世間を知り、大人になった自信があった。
しかし、この全身鎧はそんな自分に対してよりにもよって「無知で世間知らず」と言い放った!
「くたばれ、魔王ッ!」
勇者は世界樹の剣を両手に持ち、大きく掲げて全身鎧に飛びかかる。掛け値なしの全力攻撃だ。
(きた……!)
しかし全身鎧は鎧の中でにやりと笑った。このために散々煽ったのだ。
たとえ隔絶したスピードでも、来るとわかっていればタイミングは合わせられる。仕組んだ通りに動く勇者にあわせてあらかじめ準備していた魔法を起動させた。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ――あ?」
威勢よい勇者のかけ声が突然止まった。
声だけでなく、彼の身体も空中で静止していた。まるで、誰かに掴まれたかのように。
「な、なんだこれは……? くそっ、動かない!」
空中で突然動きが止まった勇者は焦ったように自分の足に力を入れるが、ぴくりとも動かない。
『まるで』ではなかった。今彼は地面から生えた巨大な腕に掴まれていた。
全身鎧が魔法の力で地面を操作し、容易には外れることのない土の腕を生成して勇者の動きを止めたのだ。
「さて……」
空中で静止した勇者と地上にいる全身鎧。構図としては勇者が全身鎧を見下ろしている格好だが、余裕がないのはむしろ勇者の方だ。
「くそっ、放せ! 卑怯だぞ、魔王!」
完全に下半身の自由を奪っている土の枷をつかんで身体をよじるが、勇者のパワーをもってしても巨大な土の腕はぴくりとも動かない。
「これで話を聞く気になった? あたしは魔王じゃな――」
全身鎧が勇者の方に歩いてやって来たとき、彼女の鼻先を鋭い斬撃が通過していった。あと一歩踏み出していたらその首は切り落とされていただろう。
「魔王に話す言葉はねえ」
勇者フレスベルグが世界樹の剣を一閃させたのだ。下半身が動かない状態でこれほどまでの斬撃を繰り出せる勇者の膂力に、全身鎧はその鎧の中で青筋をひくつかせながら、あくまで冷静を装ったように話す。
「そう。あくまでも話し合いには応じないというわけね」
「ったりめーだ。アホ」
こんの、クソガキ……と思いつつも、ここは年上の貫禄というものをみせて――
「なら少し、痛い目を見た方がいいわね」
年上の貫禄など微塵もなかった!




