その3
「正直舐めていたわ」
全身鎧は油断なく剣を構えて相手の動きを探る。
「勇者を自称するだけのことはあるわね。でも、頭に血が上りやすいのが欠点」
「ふん。そう挑発してオレを怒らせようとしても無駄だ。オレは『世界樹の勇者』フレスベルグ。この〈トランカータニア〉全ての悪を成敗し、世に正義と平和をもたらすのだ。それが世界樹の勇者たるオレの課せられた使命!」
先制攻撃に成功して、幾分冷静になったフレスベルグが勝ち誇ったように宣言する。
「そう。それはよかった……わね!」
完全な静止状態から魔法の力を使用して一気に加速。フレスベルグの目の前まで接近したところで残像を残し、さらに背後にまわる。そのまま一閃。
「させるか!」
しかしそのフェイント込みの動きをに世界樹の勇者は全てついてきた。素早く半回転して全身鎧の斬撃を世界樹の剣で受け止める。
「くっ……!」
木製の剣――木刀を受け止めたとは思えないほどの衝撃に全身鎧は思わず声を漏らした。
しかしそれでも動きを止めず、二の剣、三の剣を繰り出す。
「その程度か、魔王!」
魔法のアシストで加速して連続攻撃を仕掛けているが、それにも勇者は涼しい顔で反応している。
(やっぱり、剣では相手が一枚上手みたいね)
内心の焦りを外に漏らさない全身鎧に感謝しつつも対策を講じる。
「今度はこちらから行くぞ、魔王!」
防戦一方だった勇者が一転、攻勢に転じた。
上段からの振りおろしは剣筋こそ素直なものの、速さと重さは尋常ではなく、気を抜くと一撃で持って行かれそうだ。
「おら、おら、おら、おらぁ! どうした魔王、その程度か!」
もはやどっちが魔王だかわからないような台詞に彼は気づいているのだろうか。しかし勇者の攻勢は続く。
勇者の攻撃を受けるたびに全身鎧の体勢は大きく崩れ、それをカバーするために彼女の動きはますます大きくなる。
徐々に勇者が有利な展開に傾く中、両者の戦いは決定的な転機を迎える。
「しまっ……!」
全身鎧の細剣が、度重なる世界樹の剣と刃を交えたことにより限界を迎え、中程から真っ二つに折れてしまった。伝説的な剣というわけではないが、それでもアダマンタイトを素材に魔術で軽量化を施した名剣の一本だ。しかし世界樹の剣相手には些か役者不足だったようだ。
全身鎧の意識が一瞬折れた細剣へと向いた。しかしそれはこの戦いにおいては致命的な隙となる。
「もらった!」
その隙を見逃すフレスベルグではない。
フレスベルグはすかさず世界樹の剣全身鎧の首筋――鎧と鎧の継ぎ目――を狙って突き出した。
「なにっ……!」
驚きに目を見開いたのはフレスベルグの方だった。
世界樹の剣は確かに全身鎧の兜と胴の間を正確に狙って差し込まれた。喉元はどんな生物であっても鍛えようのない弱点のはずだ。しかし今、全身鎧は喉元に剣を突き入れられたまま動きを止めた勇者の腕を掴み、逆に折れた細剣を勇者目がけて突き出してきた。
「くっ……!」
フレスベルグの判断は素早かった。世界樹の剣を手放すと、その手を胸の前でクロスさせて防御の態勢をとった。
折れた剣が勇者の腕に突き刺さる。しかし勇者の腕は彼のものであって彼のものではなく、出血もなければ痛みも感じない。
全身鎧も勇者によって封じられた細剣を手放し、お互い距離を取る。
「お互い武器をなくしたところで、この辺で手打ちにしない?」
全身鎧の提案に、勇者は不敵な笑みを浮かべる。もはやどちらが勇者なのかわからない。




