その2
「世界征服を企む悪の魔王め! この『世界樹の勇者』フレスベルグが正義の名のもとにお前を退治してやる!」
決まった……! と内心思っているのだろう。フレスベルグを名乗った勇者は全身鎧を指さしたままドヤ顔をしている。
「はぁ?」
言われた側の全身鎧は腰に手を当てて呆れたような様子だ。
「何それ? あんたそんな設定に騙されてここまで来たの? これ見てみなさいよ。どう考えても侵略してきたのはそっちでしょうが」
そう言って全身鎧が足元を指さした。
赤い月の逆光によって見にくかった足元の丘は、丘ではなくうずたかく積み上げられた甲冑の山だった。全身鎧は文字通り山のように積み重なった甲冑の上に立っていたのだ。赤い月の光と漆黒の鎧も相まってその姿は死神に見えなくもない。
「あ? アホかてめーは」
その様子を見ても勇者は怯むことはない。逆に馬鹿にしたような様子である。
「それこそがてめーが魔王だって証明だろうが。キルスコア自慢したところでテメーが殺人鬼だってことの証拠にしかならねーんだよ」
勇者フレスベルグの挑発に全身鎧は身体を少しだけぴくりとさせた。もし彼女が全身鎧を装備してなかったら、こめかみに青筋を立てていた様子が見えたことだろう。
「これのどこが、人間だっての……よ!」
言って全身鎧は足元の甲冑を一体蹴り上げた。カンという軽い音と共に蹴られた兜が大きな弧を描いてフレスベルグの足元に転がった。
「うわっと!」
フレスベルグは気味悪そうに兜から離れた。生首かと思われたそれはしかし、中身のないただの兜だった。怪訝そうな様子で全身鎧に蹴られた甲冑を見ると、彼女の足元に残る甲冑の中も空だった。
「……?」
「これでわかった? これは全部ただの甲冑。魔法で動くでくの坊ってこと。隣の世界に侵略したはいいけど返り討ちにされて悔しいからってお強い勇者様の力を使って邪魔者を倒しちゃえってのが真相。要するに騙されたのよ、あんた。正義を気取るのもいいけどさ、世の中には悪賢いやつがごまんといるわけ。心意気が立派でもバカだとなんの意味もないの。いい勉強になったわね、世間知らずのお坊ちゃん?」
早口でまくしたてる。それは何気なく言っただけなのかもしれないが、全身鎧の言葉は、勇者の記憶の弱いところを的確についた!
「お、オレは……世間知らずじゃ……ねえ――!」
「!!」
目の前の少年の雰囲気が変わったことに全身鎧は素早く警戒レベルを上げる。腰を落として手は腰に佩いた細身の剣を素早く抜いて、戦闘態勢に入った。
「オレの本気、見せてやるぜ」
勇者フレスベルグは右手の手袋を外し、さらに右手の袖を大きくめくった。少年らしい細い腕だったが、その質感は尋常とは異なるものであった。
年輪――その腕には年輪がくっきりと描かれていた。まるで木の彫像のようだったが、その腕はフレスベルグの意志に従って自在に動いている。
「…………」
全身鎧はそれを見て、その出自を素早く、そして正確に洞察した。
「なるほど、『世界樹の勇者』とはよく言ったものね」
勇者が右腕を大きく掲げると彼の肩口から二本の蔓がするすると伸びてきた。まるで春に若木が生長する様を何百倍にも早めたような動きだ。
蔓はフレスベルグの手のひらから先へと集まっていき、少しずつその形を成していく。棒――いや、剣だ。
剣はロングソードほどの大きさにまで成長したかと思うと、蔓はその役割を終えたのか枯れ落ち、剣として独立して勇者の右手に納まった。世界樹の剣である。
「はぁぁぁぁっ!」
世界樹の剣を掴んだフレスベルグが、流れるような動きで全身鎧に斬りかかった。
「……っ、速い!」
すでに戦闘態勢に入っていた全身鎧だったが、予想外の速い動きに剣で受けるのではなく回避を選択する。
にもかかわらず、世界樹の剣の切っ先が漆黒の鎧にかすり、その一部が削り取られてしまう。
「ちっ……!」
鎧の切れ目から赤い粒子を撒き散らしながら、全身鎧は大きくジャンプして勇者との間合いを取った。




