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W線上のアリア  作者: 雪見桜
穏やかな死と変化ある生と
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その1

 いつもの部屋でリアと朝食を採る。

 これは昨夜のうちにあらかじめ作っておいたものだ。なので冷めても問題のないパンやサラダや冷製スープや果物がメインのメニューとなっている。


「冷めてても意外とおいしいわね」

 リアがスプーンですくった空豆のスープを鉄仮面に流し込んだ。〈マギア〉には冷たいものを食べるという習慣はあまりないらしいので、新鮮なようだ。


「食べないんですか、エクリプスさん?」

 アサヒはベッドの上で瞑想するエクリプスを見た。右と左で微妙に違う瞳の片方だけを開く。

「戦いの前には食事を摂らないようにしているのだ。腹にものが入ってるといざというとき腹に力が入らないからな」

「食い逃げ女の言葉とはとても思えないわね。いつもそうだといいんだけど」


 ドンドンドン!

 乱暴に部屋の扉が叩かれた。しかし以前とは異なり、取り乱したり、ましてや窓を突き破って逃げ出すエクリプスはいない。

 扉の向こう側にも、窓の外にも理性を失ったアンデッドが生あるものに襲いかからんと大挙して集まっている。しかし、この部屋は聖域なので彼らが入ることはできない。

 今、この世界は『起床時間』だった。王が起きている時間を『起床時間』、眠っている時間を『就寝時間』と呼ぶことにした。


 サンピによると、王の『起床時間』『就寝時間』は不規則だが、それでも長い時間をかけた経験からその間隔は最小四時間、最長一八時間であることがわかっている。

 王が起床してすでに一〇時間。いつ眠りについてもおかしくない。

 次に鐘が鳴ったとき――アンデッド達が正気を取り戻したとき――に作戦は決行することになっている。




 一週間前の朝、リアはエクリプスを巻き込んでこの世界の王を倒すと決めた。リアが忌避する死霊魔術ネクロマンシーを根絶するためである。

 しかしアサヒはこの世界の住民であるサンピとコッパの意見を聞きたかった。


「というわけで、僕たちはこの世界の王を倒して、この世界の『死の属性』を変えようと思うんだけど、サンピさんとコッパさんはどう思う?」

「世界の『属性』を変えることによってあんたたちが消えてなくなるってわけじゃないんだからね。そこは勘違いしないでほしいわ」

「答えは急がなくていいよ。僕たちはしばらくこの宿に留まるつもりだから、ゆっくり考えて」


 自分の世界のことだ。じっくり考えて結論を出してほしいと思ったのだが。

「お願いします。王を倒してください」

 即答だった。


「え? いいの?」

 思わずそんなことを聞いてしまうくらいの即答だった。

「はい。わたし達は何も変わらない緩やかな死よりも、自分の足で立つ変化ある生を選びます。わたし達は――自由が欲しい。ね、コッパちゃん?」

 サンピの隣に立っていた白骨のメイド服、コッパは頭を激しく上下に動かした。その勢いたるや、頭が外れてしまうのではないかと心配になるほどである。


 というわけでセト王を打倒し、この世界のことわりを変える『荒れ地に花』作戦(命名:エクリプス)の決行が決定した。

 作戦はシンプルだ。

 アンデッド達の理性がある、王が寝ている『就寝時間』に王宮を襲撃して王を倒す。それだけだ。

 そして今、アサヒ達は王が眠りにつくのを待っていた。


 ごぉーん、ごぉーん。

 世界全体に響き渡る鐘の音がしたのはアサヒ達が朝食を終えて少しした頃だった。

 瞑想していたエクリプスの瞳が静かに開いた。アサヒとリアはお互いを見て静かに頷いた。

 部屋の扉を開ける。扉の前には先ほどまで殺到していたアンデッド達はもうおらず、サンピだけが待っていた。


「行ってらっしゃい。ご武運を」

 サンピが宿の入口で深々と頭を下げ、見送りをしてくれた。一行は荒野を進んでいく。

 王宮は歩いて一時間くらいの場所にある。王が眠り、住民達が理性を持つ『就寝時間』は最短で四時間。三時間もあれば充分王を打倒できるという見積もりだ。


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