その7
そういえば朝食がまだだったので、サンピにお願いして、台所を貸してもらうことにした。
手持ちの食材でベーコンエッグもどきとオニオンスープ、トーストに野菜サラダを用意して部屋に運んだ頃、その匂いに釣られてきた――わけではないだろうが、エクリプスが帰ってきた。
「ひ、酷い目に遭った……」
髪は乱れ、目の下には隈ができ、そしていつもの着流しは泥跳ねで汚れていたが、エクリプス自身は無傷だった。
「私は……行かんぞ……。もぐもぐ、ごくん。はむっ、はむっ……」
宿に戻ってきたエクリプスはアサヒの食事を奪うように食べ始めた。
「あはは……。見事な食べっぷりだね。これも食べる?」
自分の朝食を奪われた格好になったアサヒだが、そのあまりの食べっぷりに食欲が引っ込んでしまった。
「すまないな……もぐもぐ、アサヒ君……むしゃむしゃ。遠慮なく……いただこう……んぐっ」
いうが否や、アサヒの目の前の皿からトーストとベーコンエッグもどきが消滅した。
「しゃべるか食べるかどっちかにしなさいよ」
呆れつつもリアの手が止まることはない。早く食べないとエクリプスに奪われてしまいそうだからだ。
「私は……剣士だ……んぐっ、んぐっ……。実体のないものは……はむん……斬らぬ……」
スープを飲み、トマトを手づかみで丸かじりする。汁が口から溢れ出るが気にも留めない。
「あらぁ? そんなこと言って、本当は怖いんじゃないの?」
エクリプスの手が止まった。アサヒの身体がビクンと震えた。
「私の話を聞いていなかったのか、リア君。実体のないものは斬らぬと言っているのだ。私は世界一の剣士になるさだめの女。おばけが怖いなどと、そんなはずはなかろう」
「へぇ……。その割には、ずいぶん饒舌だけど……?」
エクリプスのこめかみに青筋が立った。ように見えた。
「私が、嘘をついていると……?」
「あの、そのへんで……。料理も冷めちゃうし……」
「あんたは黙ってて!」「アサヒ君は黙っていてもらおう!」
アサヒの仲裁は彼らのパワーバランスの前にあえなく敗北した。
「はい、すいません……」
「嘘をついているのか誤魔化しているのかは知らないわ。でも、ひとつ教えてあげる」
「何だ?」
「サンピとコッパを見てわかるでしょ? アンデッドには実体のあるものもあるのよ」
ゾンビのサンピとスケルトンのコッパ。確かにどちらも実体のあるアンデッドだ。実行するかはともかく、エクリプスであれば斬ることはできるだろう。
「甘いな、リア君。肉体を斬ることができてもアストラル体を斬ることはできん。物事は多面的に見なければならないな」
うんうんと自分の言葉に納得して頷くエクリプス。しかし、リアはさらに続ける。
「それでいいのよ。だって、あんたに求めるのはアンデッドを滅ぼすことじゃないんだから」
「なんだって……?」
「手数は多い方がいいのよ。たとえアンデッドが怖い剣士でもね」
「私にはやる理由がない。それに、私はおばけなど怖くはない!」
話は終わりだと、デザートに用意した干しフルーツをつかんで口に放り込んだとき、リアはそれを指さした。
「一宿一飯の恩義」
『一宿』はサンピとコッパに、『一飯』はアサヒとリアにそれぞれ恩があるという理屈だ。
「ぐ、ぐう……」
ぐうの音も出なかった。
「それじゃ、こいつも作戦に参加するということで、作戦の概要説明から入るわよ」
パンを千切って鉄仮面の中に放り込んだリアが宣言した。
「あ、ちょっと待って」
そこに、アサヒが待ったをかけた。
「どうしたの? まさかあんたもアンデッドが怖いとか?」
「私はおばけなど怖くない!」
もはやエクリプスの反論など誰も聞く耳を持たない。
「いや、そうじゃなくて……」
アサヒはリアをじっと見た。鉄仮面の奥の小さなリアの瞳もまっすぐにアサヒを見ているように思えた。
「この世界の王様を倒して『属性』を変えること、サンピさんとコッパさんは望んでいるの?」
「というわけで、僕たちはこの世界の王を倒して、この世界の『属性』を変えようと思うんだけど、サンピさんとコッパさんはどう思う?」
食事の後、食器を片付けに来たサンピとコッパを無理言って少し部屋に留まらせて彼女らの意見を聞くことにした。
「世界の『属性』を変えることによってあんたたちが消えてなくなるってわけじゃないんだからね。そこは勘違いしないでほしいわ」
リアの最終的な目的はこの世界からの死霊魔術の根絶だが、それですでにアンデッド化してしまった彼女らが消えてしまうわけでも、生き返るわけでもない。
ではなにが変わるのかと言うと、この世界で新しいアンデッドが生まれなくなること、人々が王の意向に従わなくても良くなること。
話を聞いたサンピは目を丸くしていた。コッパの方は表情がわからないが、おそらく二人とも驚いているのだろう。王を倒すなどと考えたこともなかったに違いない。
だから――
「答えは急がなくていいよ。僕たちはしばらくこの世界に留まるつもりだから、ゆっくり考えて」
そうして二人のメイドを帰そうとした。が――




