その3
気を失ったエクリプスは、そのまま彼女が出てきた部屋に戻された。
そこは一人用サイズのベッドとコンパクトなテーブルに椅子が備えられた、ちょっとした客間だった。
「ゾンビ……?」
目を丸くして驚くアサヒに、取れた首をコッパと紹介されたスケルトンに取り付けてもらい、腕は自分でもとに戻したサンピが答えた。
「はい。私も、友達のコッパちゃんも、それ以外の人も、この世界の人はみんなアンデッドなんですよ」
人間、誰かが取り乱しているとそれ以外の人は冷静でいられるというが、まさに今のアサヒがそうだった。ひっくり返っているエクリプスを見てしまうと、もはや何が起こっても冷静でいられそうだ。たとえ、今目の前にいるのがゾンビにスケルトンだったとしても。
「もとは私もコッパちゃんもこの世界の王宮で仕えていたのです」
「王……」
テーブルにカップが差し出された。アサヒとリアの二人分のコースターに乗せられたカップはかなり上品なつくりで、しかも事前に温められており、彼女たちが王に仕えていたということを強く物語っている。
カップにお茶が注がれた。
「ありがとう」
琥珀色のそれはえもしれぬいい匂いを放っており、リアの心を落ち着かせてくれた。
お茶を淹れたスケルトンのコッパは嬉しそうにかたかた歯を鳴らしたが、アサヒはどうにも落ち着かない。
「それで? その王に仕えていたメイドがどうしてこんな所で宿屋なんてやってるの?」
よほど気に入ったのか、リアはおかわりのお茶をコッパに淹れてもらいながら聞いた。
「実は、ちょっとした込み入った事情がありまして。いや、たいした事情じゃないんですよ。あはは」
そう言って話し始めたのは、たいした事情だった。
それはもうどれくらいになるのかさえわからないほどの昔。
この世界がまだ〈トランカータニア〉に転移する前、もはや名前すら忘れられてしまったこの国を治めていたのはセトという名の王だった。
「セト様は……とても厳しいお方だったんです」
とサンピは言うが、話を聞く限りは厳しいという言葉ではとても済まされない苛烈な王だとアサヒは思った。
数多の兄弟の屍の上に玉座に座ったセト王であったが、その後も王の屍山血河の道は続き、政敵はもちろん、王に苦言を呈した忠義の騎士も、自分の妻や子供さえもその手にかけていった。
二度の暗殺を切り抜けた王はすでに誰も信用することができず、王都の処刑場には処理しきれない死体がうずたかく積まれ、その高さは日に日に高くなっていった。
それでも人間誰もが死ぬ。この暴君はすでに老齢にあり、圧政に苦しむ人々は皆、この苦しい日々ももうすぐ終わるのだと慰め合って日々を過ごしていた。
しかし、それは終わらなかった。むしろ、これ以上の苦しみの始まりでしかなかったのだ。
セト王が病に倒れ、いよいよという時であった。国全体を大きな地震が襲った。誰しもが王がいまわの際に全ての民を道連れにしようとしているのではと恐れおののいた。
しかし、実際はそれ以上の悪夢が訪れた。
地震がおさまったあと、王も含めた国中の全員がアンデッドへと化していたのだ。
後でわかったことだが、あの瞬間、国全体が異世界に転移していた。〈トランカータニア〉だ。
「死霊魔術ね。〈マギア〉では禁止されている技術よ。おそらく、この世界が転移するとき、王の願い――おおかた、死にたくないだとか、いつまでも国を支配し続けたいだとか思ったんでしょう――それが、この世界の属性として『コア』に書き込まれたんだわ」
後ろで話をじっと聞いていたリアがぼそりと言った。
「聞いたことがあるよ。漫画やゲームの世界だと、死者を蘇らせたり自在に操ったりするんだ」
「おおむねその認識であってるわ。この世界の場合は生者を強制的に死者にしてるわね。まったく、たちが悪い」
「わたしたちはその王によって永遠に支配されることになりました。心も、身体も。生者を憎み、死の世界に引きずり込む王の願いを叶える道具として」
見た目からはそうは見えないゾンビ少女たるサンピの顔色が、不思議と青白く見えた。日の光の加減かもしれないが……。




