その1
〈マギア〉に行ったときと同様、戻るときも一瞬気が遠くなる感覚の後、一瞬にして周囲の風景が変わった。転移のトンネルをくぐるのはこれで二度目だがやはり慣れるものではない。
「ん?」
崩れかけた石造りの建物に戻ったはずだが、目の前に広がるのは一面の青。青というよりは濃紺に近い感じか。濃紺の表面はざらざらして凹凸がある、布のような質感だ。というか布だ。布は緩やかなカーブを描いて前方に盛り上がっている。
「何やってんのよ。後ろがつかえてるんだから、早く行きなさいよ」
後ろからリアの声が聞こえた。世界をつなぐトンネルの中から漆黒の金属製の籠手がぬっと出てきて、アサヒの背を押す。
「わっ、わわわ!」
リアに押されたアサヒの身体が前につんのめっていく。目の前の濃紺の布がさらに接近して――
「むぎゅ」
地面との衝突に備えて身を固くする――が、想像した痛みはなかった。柔らかい、クッションのような何かに優しく受け止められた感覚。
アサヒは立ち上がろうと手をついた。信じられないほど柔らかい感触。
「あん♡」
奇妙な音――声が聞こえた。
光の速さで立ち上がったアサヒ。そしてそこには予想通り――
栗毛の長い髪に白と紺色のエプロンドレス――メイド服を着た女の子が倒れていた!
と同時に、背後からとてつもない圧を感じた。戦いには無縁の現代日本で育ったアサヒですら鳥肌が立つくらいの殺気である。ゴゴゴゴゴという音まで聞こえてきそうな勢いだ。
「ア~サ~ヒ~」
なんというお約束の展開!
恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちした漆黒の全身鎧が。
全身の青白いオーラと、鉄仮面の奥に鈍く輝く瞳を幻視した。
「ま、まってリア! リアも見てたでしょ? というか、リアが押したのが原因だからね? ね?」
しかしそんな正論が今のリアに通じるはずもなく――
「あ、あのう……。お取り込み中すみません……」
アサヒに押し倒された(誤解)女の子が仲裁に入ったのは、リアが魔導書を取りだして書かれた文字列が緑色に光り始めたところだった。
「そうよ。あんた誰なのよ? 何でここにいるのよ?」
そう。ここは廃墟の石造りの建物の中。〈マギア〉に戻ったときに置いておいた荷物を守るため、部屋の入口に認識阻害の効果があるカーテンを掛けておいた。
その威力はかつて〈スラーヴァ〉に施したものほど強力ではないものの、通りすがりのメイドがうっかり入り込むような者でもないはずだ。
はずなのだが、ここに確かにこの少女はいる。
くだんのメイド少女は立ち上がってスカートについたほこりを払うと、ぺこりと二人に向かって頭を下げた。
「そうでした。わたし、サンピと申します。お連れ様がお待ちですよ」
「…………?」
アサヒとリアは互いを見た。




