その5
リアの――というより、〈マギア〉の文化はわりと現代日本に似たところが多く、彼女の部屋も普通にセンスのいい内装をしていた。ところどころ何に使うのかわからない道具が置いてあるところが異世界って感じがする。
明かりも消えてすっかり暗くなった部屋の最も大きな家具、ベッドの中でアサヒはまんじりともせずに過ごしていた。
(眠れない……)
理性で理解しても感情でなかなか納得できるものではない。やはり女性の部屋にいるという緊張感がアサヒを支配していた。
枕元の空き箱の上ですやすやと眠っているリアを起こさないように気をつけながらベッドから起き上がった。
「…………」
リアの部屋を見渡した。明かりを消しても全体的にうっすらと明るく、部屋の中の様子が見える。
きれいに整理整頓され、埃ひとつ落ちていないところからも彼女の性格が良く出ている。
旅だって一年経つ割には綺麗だなと一瞬思ったが、よく考えてみればこの〈マギア〉はリアが帰ってくるまで時間が止まっていたのだから、文字通り旅立ったときのままなのであろう。
部屋を出て屋上に上がった。
宿舎は三階建てで、周囲の建物と比較しても高いものではないうえに、今は一部の人をのぞいて全員の時間が凍結されているので、月明かりはあるもののそれ以外の光源はなく街は真っ暗、見晴らしは全く良くない。
それでも少し冷たい風が心地良くアサヒの髪を撫でてくれた。
「どうですかな、〈マギア〉は」
そんな折不意に声をかけられた。
振り返ると、白い髭をたたえた好々爺がランプを持ってこちらに歩いてくるところだった。リアの育ての親である――
「あ、こんばんは。ええと……」
「自己紹介がまだでしたな。ガリーフィヴェルナ・エムズビル・ゼス・マギア・カリミエイニⅠと申します。エムズビルとお呼びください。なんなら親しみを込めて『エムじい』でもいいですよ」
「あはは……」
ふぉふぉふぉと笑うエムズビルにアサヒはどう返答したらいいのかわからない。
「あ、有坂旭陽です」
名乗りながら差し出された腕を握ると、エムズビル老人はアサヒの隣に立って夜景を眺めた。
「本当はここからでも美しいアカデミーの街並みが見られるんですけどね」
「聞きました。〈マギア〉の人たちは呪いにかけられてみんな時間を止めているのだと」
エムズビルは真っ暗な街の様子を眺めながら言う。
「アサヒ殿。あの子を――リアフォーレルを頼みます。あの子を見守ってやってください」
「え――?」
アサヒはエムズビルを見た。老人はまっすぐ暗闇の中の街並みを見ているのみであった。
「い、いや……。それは逆で、僕の方がリアに守られてばかりで。だから……」
しかし、エムズビル老人はゆっくり首を振った。
「いえ、一緒にいていただけるだけでありがたいのです」
「一緒に……」
そうだった。今こうして話をしているから忘れそうだが、このエムズビル老人を含め、〈マギア〉の人々は普段は時間を凍結しているのだ。リアと一緒にいたくてもいることはできない。
「すみません。エムズビルさんの事情も考えず、失礼なことを」
アサヒが頭を下げるが、当のエムズビルは全く気にしていないというようにふぉふぉふぉと声に出さずに笑った。
「失礼。昔のことを思い出したので」
「昔のこと?」
「私もよくリアフォーレルから『こっちの事情も考えてよ』と言われたものです」
物腰も柔らかく、聡明そうなエムズビルがリアにそう言われるなんて、アサヒにはにわかには信じられなかった。
「そうでもないですよ。リアフォーレルにはよく『人の心がない』と言われたものです」
「えぇ!?」
お世辞にも口がよいとは言えないリアだが、流石にそこまで言われたことはない。
「それでも、育ての親のひとりとして、魔法の師としてあの子には心身共に健康にいてもらいたいのです。ですが、あの子はああ見えて心に大きな傷を負っています。普段は強気な態度でそれを見せないようにしていますが、常に自罰の念に囚われているのです」
「僕にそんな事ができるでしょうか……」
自慢ではないが、アサヒは一人っ子で弟妹がいた事もないし、誰かの悩みを聞いたこともない。そんな自分に誰かの心に寄り添うなんてことができるのだろうか?
だが、エムズビルはそんなアサヒの悩みを切って捨てた。
「そんなこと、『人の心がない』私にわかるはずもありませんな」
そう言ってふぉふぉふぉと笑った。続けて、
「ただ、あなたの胸ポケットに収まって安心しているあの子を見て、アサヒ殿、あなたに任せようと思ったのは事実です。あんな表情はあの事件以降、初めて見ました」
「あの事件……?」
立ち入ったことかとも思ったが、聞かないわけには行かなかった。もはやアサヒにとってリアに起こったことは他人事ではないからだ。
「アサヒ殿は、今我々に起こっていることをご存じでしょうか?」
「ええ。〈マギア〉の全員が呪いにかかってしまったとか」
エムズビルは街の方を見ながらこくりと頷いた。そして続ける。
「その原因は他でもない、あの子の双子の妹なんですよ」
「え……」
言葉が出なかった。〈マギア〉の全員の命を背負っているというだけで想像を絶するほどの重圧だというのに、加えてそれをもたらしたのが彼女の双子の妹だったとは。
「まさか、そんな……」
「リアとリナはそもそも魔術師の家系ではなかったのです」
エムズビルが淡々と話す。




