その7
「こんなこともあろうかと、〈マギア〉に戻れる魔導書はいつも持ち歩いてるのよ」
「えっと……これ?」
全身鎧が背負ったままになっていた背負子から紅色の魔導書をアサヒが取りだしてリアに見せる。リアは「そう」と頷く。
「それにしても、鎧が完全に動かなくなるのは想定外だったわ。アサヒがいなかったらどうなってたことか」
そう言いながらリアは小さな手で大きな魔導書のページを一枚一枚めくっていく。
その魔導書には少なくともアサヒが見る限りにおいては何も書かれていないように思えた。
「何も書いてないわよ。この魔導書はいざというときのためにひとつの術式だけが書かれているの」
リアの手が止まった。そこには、彼女の言う通り一行だけ文字が刻まれていた。
「魔導書にはその術式の実行に必要な魔力が込められているわけ。当然、その魔力がなくなると魔法は働かない。そして、この魔法の実行には膨大な魔力が必要で、一冊につき一度きりしか使えないわ」
「その魔法ってつまり――」
リアがアサヒの方を見て頷いた。
「そう。『転移』の魔法」
「こ、これでいい……?」
「うん。そのまま、ゆっくり」
アサヒがリアの鎧の右腕を持って開いた魔導書に近づけていく。その様はまるで二人羽織のようだが、自力で動けない鎧を動かすにはこれしかない。
『転移』の魔法を実行させるには魔導書に書かれた術式を鎧の指でなぞる必要がある。そのためにアサヒが鎧を動かしているのだ。
「これ、大丈夫だよね? 僕だけが転移しちゃうなんてことは……」
鎧の指が文字に触れるとその部分が緑色に光る。
「大丈夫。〈マギア〉に通じるトンネルができるだけだから」
緑に光る文字列が赤色に変化していく。十数文字の魔道文字が完全に赤く変わった瞬間、部屋の中は激しい光に包まれた。
「うわっ!」
光がおさまった後、そこには紫に光る高さ一メートルくらいの渦巻きが屹立していた。部屋の入口につけておいた認識阻害の魔法を付与したカーテンが揺れている。
「これが――」
「〈マギア〉に通じるトンネルよ」
リアを胸ポケットに収め、全身鎧を背中にかついだ他の荷物は全て部屋の中においてトンネルの前に立つ。
「どうしたの? 早く行きなさいよ」
リアが急かすが、一度意図せぬまま〈トランカータニア〉に転移してしまった身としてはやはり身構えてしまう。
だが――
「行きなさいって、言ってるでしょう、が!」
「いてっ!」
胸ポケットの中で蹴りを入れられれば嫌でも行かざるを得ない。
目を瞑ってトンネルをくぐる。一瞬だけ気が遠くなるような感触のあと――
アサヒたちは、それまでの廃墟とは全く異なる、文字通りの異世界にいた。




