その6
そして次の日――
「ふああああ……よく寝た」
アサヒが目覚めた頃、窓の外で日はすでに昇り始めていた。どうやらこの世界の夜は非常識な長さではないらしい。
昨夜のうちに魔法で出してもらった水で顔を洗ってから、昨夜使った鍋と食器も洗う。多めに作ったおかずも昨夜のうちに全て食べてしまった。
朝は簡単に済まそうと考えて、袋から干し肉を取り出す。
昨夜の火がまだ残っているので浅めの鍋に油を敷いて干し肉を炒める。それだけでは寂しいので、あらかじめ湯通ししておいたにんじんを他の野菜と一緒に炒めて野菜炒めにした。いい匂いが漂ってきた。
コーヒーの準備も始めよう。
普段ならこのタイミングでリアが起きてくるはずなのだが、今日は起きてくる気配がない。
「リアー。そろそろ起きなよ。もうすぐ朝ご飯できるよー」
そう呼びかけるが起きてくる気配はない。
そうしている間に肉と野菜が焼き上がり、コーヒーのためのお湯も沸いてしまった。
食器を持って戻ってくると、全身鎧は昨夜と同じ位置に同じポーズで固まっていた。
「リア?」
全身鎧の方に寄っていく。確かに昨夜はこの中に入り込んでいったはずなのだが。
「リア、大丈夫? もしかして体調でも悪い?」
心配になって声をかけてみた。全身鎧の顔を覗き込むようにかがみ込んだとき、兜の面頬が突然開いた
「うわっ!」
驚いて尻餅をついてしまった。幸いにも、先ほどそこに置いておいた朝食は無事だった。
兜の中からは銀髪の小さな美少女が身体を乗り出していた。いつものように勝ち気なつり目だが眉尻が少々下がっていた。とりあえず、病気で起きられないということではなさそうなのでアサヒはひとまず安心した。
「ど、どうしたの? 朝ご飯できてるよ」
「困ったことになったわ」
冷めてしまう前にと朝食を採りながらリアの話を聞くことにした。リアはいつものように全身鎧を使って食べるのではなく、自分の身体で大きな皿に盛り付けられた肉や野菜にかじりついていたので少々大変そうではあったが。
「それで、どうしたの?」
食後のコーヒーを口にしながら聞いた。リアも愛用しているカップを傾けてコーヒーを飲んでいるが、あの小さな身体でカップが倒れてしまわないか気が気でない。
しかし、そんなアサヒの心配などどこ吹く風といった感じでリアはコーヒーに口を付ける。
「鎧の調子が悪いのよ」
ずずず、と小さな口でコーヒーを飲んだあと、リアはそう言って鎧と彼女が呼んでいる漆黒の鎧を見た。
「調子が悪いって……?」
「今自己診断をかけさせているけど、各部位の伝達回路の信号途絶、マナプールも想定以下の貯蔵量だから、漏れてるかもしれないわね。他にもいくつかの――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「? なにか問題でも?」
「僕にも、わかるように説明してくれないかな?」
端的に言うと、鎧が動かなくなってしまったということだ。確かに、昨夜ここに置いてからこの全身鎧は全く動いた気配がない。
「おそらく、〈スラーヴァ〉での魔法禁止が原因だと思うわ。もともとそういう運用は想定されていなかったし、起こるべくして起こったトラブルね」
「大丈夫なの? それがないと困るんだよね?」
「まあ、最悪死ぬわね」
「ええっ……!? た、大変だ! すぐになんとかしないと! ど、どうすればいいの?」
アサヒがリアの目の前に顔を突きつけて大声を出すものだから、リアはたいそううざがった。
この鎧は魔力が減り続けるリアにとって生命維持装置にも近い。
移動はもちろん、これがないと魔法を使うこともできないし、予備の魔力も貯蔵されているので、最悪魔力切れで死に至る可能性もある。
だが――
「落ち着きなさい。死ぬってのは最悪のことだから。そうならないようにするわよ」
「ど、どうするの?」
魔法の鎧の直し方なんて魔法のない世界の出身であるアサヒにわかるはずもない。もし自動車を直すくらいの難易度であれば専用の工場に持って行けばいいのだが、魔法の鎧の専用工場なんてあるんだろうか?
果たして、アサヒのその想像はある意味正しかった。
「診断結果にもよるけど、多分あたしじゃ直せないわね。この鎧を作成した工房に持ち込まないとダメかも」
「工房……?」
「そう。あたしの故郷、〈マギア〉に戻るわよ」




