その9
リアは眠ってしまったのだろうかと思っていると、かちゃりと鎧の動く音がした。
「ふう、空気の循環ができないから息苦しいわね」
動けないと言っていたが、動けるようになったのかと、音のした彼女の兜の方を見た。
「……!!」
兜の面頬が開き、そこから見える少しクセのあるプラチナブロンドの長い髪。
大きく見開いた、少し黒に近い濃紺の瞳、少しつり上がった目尻。
小ぶりだが筋が通って形の整った鼻梁。
少し丸みがかった、少し幼さが残るものの女性らしい輪郭。
そこには、とんでもない美少女がいた。
だが、それよりも。
その美少女が漆黒の兜から身を乗り出し、顎あてに腰掛けているではないか。
手のひらサイズの美少女。そのさまに、
「ええええええええええええええええええ!?」
アサヒは目玉が飛び出るほど驚いた。
「な、何よ。突然大きな声を出して」
その手のひらサイズの美少女はアサヒの声にビクッと驚いたようだったが、すぐにアサヒのことをきっと睨みつけた。そのソプラノの声は明らかにリアのものであった。
「り……リアなの?」
「はぁ? 何言ってんの? あたしに決まって……あ、そうか」
あんたあたしのこの姿見るの初めてだったわねとリアとおぼしき小さな美少女は息を吐いた。
「実はあたしさ、ちょっとした事情で魔力が減っていく呪いにかかってるのよ」
「呪いって……大変じゃない! そうか……それで世界樹に」
「ま、そゆこと。それで、魔力が枯渇しやすいから身体を小さくして効率を良くしたり、魔法を使うときも魔導書を使ったり、この鎧も魔力を溜められるようになってるのよ」
「そんな大変なことになってたのか……。僕にできることがあるなら何でも言ってよ。これでも少しはリアに恩返しをしたいと思ってるんだ」
突然異世界に放り込まれ、右も左もわからないアサヒを導いてくれたのはリアだ。感謝してもしきれるものではなかった。
「はぁ? 何言ってるのあんた」
ところが、リアのリアクションは予想外に冷たかった。
「あたしがあんたに一方的に恩を売ってると思ってるワケ?」
突き刺さるような視線にアサヒは背筋が寒くなった。
「あたしだって……その、それなりには感謝してるのよ。今おぶってもらってるのだってそうだし。毎日の料理だってあたしには絶対できないし。それに、やっぱりひとりじゃ寂しいし」
「え?」
「わー、わー! なんでもない! 今のなしだから!」
そう言ってリアは鎧の中に引っ込んでしまった。面頬が乱暴に閉められる。兜の中から声が聞こえてきた。
「今の忘れなさいよ! 忘れないとあとで忘却の魔法かけるからね!」
「えー、そんなぁ……」
コロコロ言うことが変わる気分屋のリアに困りながらも、でもそうやって振り回されるのも悪くないと思えてしまうアサヒであった。
そのまま無言でしばらく歩いていると、再び面頬が開けられる音が聞こえた。
「W線を越えるまであたしは動けないんだからね。急ぎなさいよ」
「そうは言ってもこの世界、広すぎるんだよ。あとこう見えて僕も怪我人なんだからね?」
「え、ウソ? どこ? 見せなさいよ。なんで怪我してるの?」
「ほら、ここだよ、ここ。服が破れてるでしょ? あの後エクリプスさんが追いかけてきて大変だったんだから。あ、あれ……?」
脇腹の傷を確認してみたが、確かに服に斬られた後は残っているが、傷は跡形もなく消え去っていた。
「怪我なんてしてないじゃない。それにエクリプスってなによ。あの食い逃げ女でしょ? どうしてそれがここで出てくるわけ?」
「何でかは知らないけど、とにかく大変だったんだよ。あの人本気で襲いかかってくるし、死にそうだったんだよ?」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ。別にあんたが戦えないのは知ってるんだから、ヘンに張り合わなくていいんだからね」
「いやだから……」
宵闇と雪原が支配する世界の中、二人の話し声だけがいつまでもあたりに響き渡っていた。
世界樹を目指す彼らの旅はまだ始まったばかりだ。




