その8
「う……」
リアが目覚めたのはそれから二時間くらいしてからだった。城下町を出た頃に降っていた雪はやみ、宵闇の空と一面の雪原が前も後ろも続いている。
「リア! 目が覚めたんだね!」
アサヒは全身鎧をおぶったまま背中の相棒に声をかけた。
「ごめん、魔力枯渇で気を失ってた」
その言葉通り、リアの声は疲れているようだった。声もいつもよりこもっているような感じがした。
「大丈夫? 歩けそう?」
雪原を歩きながら背中のリアに体調を聞いた。
「もうしばらくは無理ね。この鎧、魔法で動いてるのよ。今この世界全体が魔法の行使を禁止されてるから、W線を越えるまでは指先ひとつ動かせないわね」
「世界全体で魔法を禁止? そんなすごいことが……?」
「そうは言っても効果があるのは数日か、せいぜい数週間だろうけどね。あの皇帝いたでしょ?」
玉座の間での出来事を思い出す。
あの女魔術師の隣で玉座に座っていた目もうつろな中年男性。まともな受け答えもできず、どう見ても尋常な様子ではなかった。
「あの皇帝が〈スラーヴァ〉の『コア』だったのよ」
「『コア』――確か、世界の中心になる何か、だったよね。お城の中にあるってリア言ってたっけ? あの皇帝が?」
「そう。生物が『コア』ってケースは実は少なくないのよ。あんたが知ってる中だと、あの世界樹ユグドラシルもそうだしね」
そう言われて前方を見る。こんな宵闇の中でもはるか遠方にはしっかりとその姿が見えていた。
「で、その皇帝にアンチマジックの魔法をかけたってワケ。くだいて言えば、魔法禁止の魔法ね」
「ああ、あの時の……」
玉座の間で甲冑たちに取り囲まれたとき、リアが魔導書に何かを書き込んで皇帝に叩きつけていた所はアサヒも見た。あの時に魔法を封じたのだ。
「皇帝の魔法を封じたから、世界全体の魔法も封じられたというわけ?」
「かいつまんで言えばそういうことね。あの甲冑たちが魔法で動いているってのはわかってたから、女魔術師も含めて魔法を封じればどうにでもなるってワケ」
もっとも――と、彼女は続けた。
「『コア』にルールを書き加えたわけじゃないから、さっきも言ったとおり、効果は数週間か、長くても数か月だろうけど」
「それでよかったの? 根本的な解決にはなってないんじゃ?」
アサヒはあの荒れ果てた城下町や、宿の老婆を思い出した。叶うなら彼女らのことも何とかしてあげたいが、それは高望み過ぎるのだろうか?
「いいのよ、これで」
そして、リアはアサヒの心を見透かしたかのように続けた。
「数週間あれば充分。あの女魔術師はいなくなるわ。その後のことはこの世界の人に任せればいい」
「いなくなる? あの女魔術師が?」
アサヒにはそうは思えなかった。国を掌握した悪の魔術師が簡単にそれを手放すだろうか?
「あの女、魔術師とは言っていたけどその知識も能力も三流以下よ。あの程度であたしがかけた魔法禁止の魔法を解くことなんてできないし、それ以前に魔法が使えなくなった原因すら掴めないわよ」
その証拠に、皇帝が『コア』だったことすらわかっていなかったと付け加えた。
確かに、『今更そいつを抑えたって何の解決策にも』と言っていた。皇帝の価値がわかっていない証拠だ。
「そんな無能が、頼りの魔法も使えないまま、何週間も城にいられるかしら? あたしだったら怖くて逃げ出すわ」
「確かに……」
アサヒの元いた世界でも国が崩れた時独裁者が国に留まる選択肢はない。だからリアは後のことはこの世界の人にと言ったのだ。
二人の会話が途切れ、雪を踏みしめる音だけが聞こえる。
リアは眠ってしまったのだろうかと思っていると、かちゃりと鎧の動く音がした。
「ふう、空気の循環ができないから息苦しいわね」
動けないと言っていたが、動けるようになったのかと、音のした彼女の兜の方を見た。
「……!!」




