その6
「その脇差しを使い続けたのがあだとなったな。それは元は私のものだ。長所も短所も十分知っている。もちろん、どうすれば折れるのかも」
アサヒは呆然と突っ立ったまま、何の反応も示さない。絶望の海に沈んでしまったのかもしれない。無理もないとエクリプスは思った。
エクリプスが刀を中段の位置に構えた。その瞳には勝利に対する慢心も、自らの強さに対する奢りも一切感じられない。
「せめてもの情けに、痛みを感じぬよう一撃で終わらせる……!」
スピードに加え、回転の勢いも乗せた最後の一撃がアサヒに繰り出される。
そもそも勝算があったわけではない。望んで戦地に立ったわけでもない。
それでも、この場でなんとかできるのは自分しかいなかったから立っただけに過ぎない。
エクリプスに敵わないことはわかっていた。
だったら、敵わないなりに一瞬で終わらせてくれてもよかったのだ。なまじ中途半端に希望を見せておいてから、刀を折るという絶望を見せるなんてことをしなくてもよかったのに。
アサヒは運命を、いるかどうかわからないが神を恨んだ。希望を持たせるなと。
だが、希望はあった。まだあったのだ。
『……い。…………です』
何かが聞こえたような気がした。
『……なさい。……を……です』
最初は気のせいかと思った。絶対的なピンチで誰かが助けに来てくれるというお約束の展開がおこるという現実逃避をしているのではないかと思った。
『……を使いなさい。……を……させるのです!』
――いや、確かに聞こえる。頭の中で、誰かが話しかけてきている。
アサヒは、その声に素直に耳を傾けた。
『世界樹の力を使いなさい。精神を集中させるのです!』
アサヒの精神が現実世界に戻ったとき、今まさにエクリプスのとどめの一撃をアサヒの命を刈り取ろうとする瞬間だった。
しかし、焦ることはなかった。やるべきことは見えた。やり方はもうわかっている。
あとは――
「やるだけだ!」
刀と一体化して流れるような攻撃を繰り出したエクリプス。その動きは何者にも止められない――はずであった。
「なに……!?」
人体を斬ったとは思えない硬い音と共にエクリプスははじき返された。
その感触は先ほどアサヒの腕を斬ろうとして跳ね返されたときのものと同じだった。だがエクリプスとて同じ過ちを犯すようなことはしない。先ほどと同じように腕で防いだという可能性はない。ならば何が起こった?
空中で体勢を立て直しつつ、アサヒの様子を見た。
アサヒの立っていた場所、そこには繭らしき球体があった。木の蔓らしきものが複雑に絡み合って繭を構成していたのだ。
その蔓が少しずつほどけていく。内側から人影が見えた。
木の蔓でできた繭に守られていたアサヒの姿は一見、先ほどまでと変わらぬように見えたが、明確に異なる部分があった。
彼が着ている白い勇者の服は袖が消失しており、二の腕の部分での人肌と木目の境目がくっきり見えていた。木製の肘部分からは左右三対ずつ、合計六本の蔦が生えていた。これが繭を形成していたものであり、アサヒの全身を守っていたものだった。
それら蔦はするすると彼の肘におさまっていった。まるで、木の幹から蔓が育つ様子を巻き戻しているかのようだった。
蔦の全ては木製の腕の中に消えていった。その名残はもはや肘から生える三枚ずつの小さな若葉に見て取れるのみであった。
その手には先ほどへし折られた刀ではなく、別の剣を携えていた。
一メートルほどの長さのまっすぐな木刀――世界樹の剣である。
「ほう……」
エクリプスは目を細めた。
これまでもひとかどの相手だと思っていた。しかし、アサヒの目つきが変わっていた。一皮剥けたように思えた。
これは……。
「認めよう。アサヒ君、君こそが私の越えるべき壁。生涯ただ一人の配偶者だ!」




