その3
「ま、まずいわね。まさか勇者がやられるなんて……。なんとかしてここを切り抜けないと。もうこの国を捨てて逃げるしか。皇帝もこんな調子だし」
そう呟いて皇帝の方を見る。冴えない様子の中年男は「よく戻った、よく戻った、よく戻った」と壊れた蓄音機のようにうつろな目で同じ言葉を繰り返すばかりだ。
「ならば、これはどうかしら……?」
女魔術師は強気に再び手を挙げた。今度は玉座の間にいる甲冑が一斉に動き出した。
「うわっ! か、囲まれた!」
アサヒとリアの周囲を取り囲むように数十体の甲冑が集まってきた。各々剣やら槍やらを構えており、一筋縄ではいかなそうだ。
だが、リアは強気の態度を崩さない。
「この程度の数、〈ジルシー教会〉で返り討ちにしてやったの忘れたの?」
魔導書の別のページをめくって指を這わせようとしたとき――
「あら、誰がこれで全部だって言ったのかしら?」
「ああっ、リア! あれを見て!」
アサヒが指さした先は、先ほど彼らが入ってきた入口だ。
そこからは、さまざまなデザインの甲冑が続々謁見の間に入ってきた。見たことのあるものも多い。
「あれってもしかして、ここに来るまでに飾ってあった甲冑なんじゃ……」
そう言っている間にも甲冑の数は増えるばかりだ。あの広かった部屋がみるみる甲冑によって埋め尽くされていく。
「これでどうかしら? 〈ジルシー教会〉に送り込んだ数の十倍はくだらないわ。しかもどんどん増やすわよ。あなたの魔力が尽きるか、私の魔力が尽きるか、根比べしてもよくってよ?」
甲冑たちの向こうから女魔術師の高笑いが聞こえてきた。対するリアの様子は……全身鎧に阻まれてわからない。
「アサヒ」
リアがそう呟いたのが聞こえたので、アサヒはリアの隣まで行った。
「あんたに、頼みがあるの」
リアはアサヒにだけ聞こえる小声で言った。これまでリアが(食事以外で)アサヒに頼ることなどなかったので、一気に緊張が走る。
「ぼ、僕にできることなら……」
「あんたにしかできないわ」
ごくり、と生唾を飲み込む音が妙に大きく感じられた。それでもアサヒはこくりと頷いて了承の意思を示した。
「あたしはこれから動けなくなるわ。だからあんたはあたしをかついでここから出てほしいの」
「えっ!? そんな無茶な……」
「大丈夫。こいつらは全部無力化するし、この鎧はあんたが思ってるほど重くない。あんたならできる」
リアの顔は相変わらず兜の向こうでその表情はわからないが、彼女が真剣にアサヒを頼っていることだけはわかった。だから、アサヒはリアを信じることにした。
「わかった。あとは僕がなんとかするよ。だから安心して」
「ありがとう」
その声にアサヒの心臓が高鳴った。




