その8
「アサヒ、あんたちょっと脱ぎなさい」
「はぁ!?」
「何大きな声を出してるのよ。いいからおとなしく脱ぎなさいよ」
「何言ってんの、冗談もほどほどに……」
「い・い・か・ら!」
リアはアサヒの腕に飛びつくと、毛皮を着込んだアサヒの腕をまくった。アサヒの素肌――ならぬ木目が露わになる。
アサヒの腕は普通の腕ではなく木でできた世界樹の勇者の腕なのだ。
「世界樹の勇者が戻ったわよ。さあ、通しなさい」
その程度で門番が不審者を通してくれるはずもない――と思ったのだが。
門番はあっさりと構えを解いて中に通してくれた。
「ええっ!? これでいいの?」
「そりゃそうよ。あんたと入れ替わった世界樹の勇者を送り込んだのがここの皇帝だもん。さすがにこれくらいの判断能力くらいは付与してあるでしょ」
「…………?」
言ってることがよくわからなかったが、とにかく城の中に入っていった。
城の中も外見と同じく、鉄骨と鉄板と真鍮製のパイプで構成されていた。異なるのは、それらと共に多数の歯車が動いていることだった。まるで時計の中にいるようだった。
また目につくのは城内の至る所に甲冑が飾られていることだった。中には門番が着ていたものと同じデザインのものもあって、今にも動き出さないのかと怖くなったが、どうやらその心配はなさそうだ。
そんな中をスタスタと歩いて行く。途中、すれ違う人は誰もいない。
「ねえ、どこへ行くの?」
前を歩くリアと、少し遅れ気味になって早歩きになるアサヒ。
「どこって、皇帝の所よ。さっきも言ったでしょ? こっちよ」
言いながら、中庭に面する通路から奥へと曲がっていく。
「いやそうじゃなくて、皇帝がどこにいるのかわかってるの?」
まるで自分の家を案内するかのように迷いなく歩くリアにアサヒは不思議に思う。
「城に入った瞬間にピンが放たれたのよ」
「ピン?」
「探査魔法を使用するときに放つ魔力の波のこと。この波の帰ってくる状態によってどこに何があるのかわかるって寸法よ」
「ええっ!? それじゃ相手にもう僕たちのことが知られてるってことじゃない! 大丈夫なの?」
狼狽えるアサヒに対して、リアはいつも通り平静だ。
「大丈夫よ。必要以上の情報を与えないようにこの鎧には妨害の仕掛けが施してあるから。さっきのピンに対しては世界樹の勇者の偽装データを返しておいたわ」
そう言ってリアは「こっちよ」とさらに角を曲がっていく。アサヒはもはや、どこをどう歩いてきたのかさっぱりわからない。ひとりで逃げろと言われても無理だ。
「へぇ、すごいんだね」
何を言っているのかよくわからなかったので適当に相づちを打っただけだったのだが、前を歩くリアは突然立ち止まってアサヒの方を見た。
「そう、すごいのよ!」
その声は出会ってこれまでの中でも一番と言っていいくらいに弾んでいた。鉄仮面に遮られているが、多分目をきらきらさせているだろう。
「この鎧の開発にはあたしも参加してたんだけど、探査妨害だけじゃなく、各種属性の軽減効果、マナプール、体温調整も行えるだけでなく、運動機能のアシストもあるし、さらにすごいのが各部位に刻まれた魔術言語によって魔導書がなくてもある程度の魔法の行使が可能なのよ。加えて反ミスリルの加工がされた装甲は魔力を通しづらくしていて……」
リアの説明が止まらなくなってしまった。それはまるで、担当者である久我山さんが漫画論を始めたときの雰囲気に似ていて――
「これによってある程度のアシストが可能になって――」
「あっ、あそこじゃないの?」
話が長くてうんざりしていた時に、ちょうど長い廊下の先に大きくて豪華な扉が目に入ってきた。なのにリアは――
「え? 何の話? 人の話を遮らないでよね!」
……さては話に夢中で忘れてたな。
「あれだよ。あの先に皇帝がいるんじゃないの? もしかして、忘れてた?」
「そ、そんなはずないじゃない。あははははは」
……絶対忘れてたな。
「さ、さあ。行くわよ。気を抜くんじゃないわよ、いいわね!」
誤魔化すようにそう言うと、リアはアサヒを置いてずんずん扉に向けて歩いて行った。その後を慌てて追いかけていく。
アサヒが廊下の先の巨大な扉を押すと、扉は重厚な音を出して開きだした。見た目や音に反して軽いのは、あるいはこの勇者の腕の力なのか。
扉の先には、大広間といって差し支えないほど広い部屋だった。年末に出版社で催されるパーティーの会場――要するにホテルの大ホールだ――よりも大きいとアサヒは思った。大御所の先生に話しかけられるのが怖くてここ数年は参加していなかったが。
鉄と真鍮で作られたその部屋は、それまでの部屋とは異なり、多くの甲冑と多くの旗で飾られており、部屋は天井から吊り下げられているシャンデリアと壁に取り付けられているガス灯で明るく照らされていた。
部屋の最奥部、一段高くなったところには大きな玉座が置かれ、一人の男が座っていた。城に入って初めて見る生きた人間の姿である。
痩せた中年の男は、大きな玉座にあってすがるように肘当てにもたれ、虚ろな瞳で不安そうにアサヒ達の方を見ていた。どこかで見覚えのある顔だとアサヒは思った。
その横に立つのは黒く艶のある長い髪とすらりとした長身の妙齢の女性だ。長いスカートに食い込むようなスリットから白い肌が見え隠れするのが目についた。この女がくだんの魔術師だろうか。
そして、玉座の男が口を開いた。
「よく戻った、世界樹の勇者よ――」




